まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 水堀と石垣を備える平城跡
- 築城・成立
- 1598年着工、1654年頃まで整備
- 築城に関わった人物・勢力
- 溝口秀勝と溝口氏
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 表門・旧二の丸隅櫓、堀・石垣。三階櫓等は復元
THE STORY
歴史をひもとく
溝口秀勝が1598年に築城を始め、1654年頃に三代目の時代までかけて整えられました。火災や地震の後にも修復され、門や櫓の建替えが繰り返されました。廃城後は城域や建物の多くを失いましたが、表門と旧二の丸隅櫓が残りました。2004年には三階櫓と辰巳櫓が復元されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
平地に築き、水堀と石垣で本丸などを囲んだ城です。切り込んだ石を合わせた壁面や、腰壁の海鼠壁が特徴を伝えます。三階櫓は天守の役割を担った建物ですが、現在の姿は復元であり、現存天守には含みません。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
現存する表門
表門は江戸時代から現地に立つ建物です。城の主要入口として、復元建物とは異なる長い履歴を持っています。
旧二の丸隅櫓
旧二の丸隅櫓も江戸時代の建築で、廃城後に本丸側へ移されました。移築された現存建物という点が、見学時の大切な区別です。
三匹の鯱
復元三階櫓の丁字形の屋根には、三匹の鯱が載ります。なぜ三匹なのかは史料がなく、由来を断定せず形の面白さを楽しめます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1598
溝口秀勝が築城開始。
- 1654
本丸書院が完成し、城が整う。
- 2004
三階櫓・辰巳櫓を復元。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
2026年9月確認時点、旧二の丸隅櫓は保存修理のため7月24日〜11月30日の入城を休止しています。冬季閉鎖もあるため、見学できる建物と最新の公開予定は新発田市公式サイトで確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



