まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 平城・現存天守
- 築城・成立
- 大天守等は1593〜1594年頃と推定
- 築城に関わった人物・勢力
- 石川数正・康長ら/後世の藩主が増築
- 別名・呼び名
- 前身は深志城
- いま残るもの
- 国宝の天守群五棟、堀・石垣
THE STORY
歴史をひもとく
松本城は戦国期の深志城を前身とします。16世紀末に石川数正・康長父子の時代を経て、現在につながる城と天守群が整えられました。大天守などの築造年は研究により1593〜1594年頃と考えられています。江戸時代には辰巳附櫓と月見櫓が加えられ、異なる時代の建築が一つの国宝の天守群として残りました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
平地の城で、水堀と石垣の上に連結した天守群を置いています。外観の五重と内部六階を分けて理解することが、構造を見る第一歩です。防御を重視する古い部分と、開放的な後世の増築を一緒に観察できる点が大きな特徴です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
五重六階の大天守
外から見える屋根の段数と、内部の階数は同じではありません。五重六階という構成を知ってから眺めると、外観の見方が変わります。
つながる五棟
大天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓がまとまりをつくります。一棟の塔ではなく、連結された建築群として見るのがポイントです。
月見櫓
後から加えられた月見櫓は、戦闘を主目的とする天守とは性格が異なります。開放的なつくりから、城の建築が変化した時代を感じられます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 16世紀
深志城から松本城へ発展。
- 1593〜1594頃
大天守等の推定築造年代。
- 江戸時代
辰巳附櫓・月見櫓を増築。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
天守内部は歴史的な木造建築で、階段を上り下りします。入場方法、待ち時間の案内、料金や公開変更は松本城公式サイトで確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



