No. 029関東・甲信越長野県

松本城

Matsumoto Castle

現存天守

水堀に黒と白の姿を映す、現存天守を持つ平城です。戦いを意識した天守群と、平和な時代に加わった月見櫓を見比べると、建築の性格の違いがよく分かります。

堀越しに見た松本城の黒い天守
堀越しに見た松本城の黒い天守写真:Fg2 · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平城・現存天守
築城・成立
大天守等は1593〜1594年頃と推定
築城に関わった人物・勢力
石川数正・康長ら/後世の藩主が増築
別名・呼び名
前身は深志城
いま残るもの
国宝の天守群五棟、堀・石垣

THE STORY

歴史をひもとく

松本城は戦国期の深志城を前身とします。16世紀末に石川数正・康長父子の時代を経て、現在につながる城と天守群が整えられました。大天守などの築造年は研究により1593〜1594年頃と考えられています。江戸時代には辰巳附櫓と月見櫓が加えられ、異なる時代の建築が一つの国宝の天守群として残りました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

平地の城で、水堀と石垣の上に連結した天守群を置いています。外観の五重と内部六階を分けて理解することが、構造を見る第一歩です。防御を重視する古い部分と、開放的な後世の増築を一緒に観察できる点が大きな特徴です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

五重六階の大天守

外から見える屋根の段数と、内部の階数は同じではありません。五重六階という構成を知ってから眺めると、外観の見方が変わります。

02

つながる五棟

大天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓がまとまりをつくります。一棟の塔ではなく、連結された建築群として見るのがポイントです。

03

月見櫓

後から加えられた月見櫓は、戦闘を主目的とする天守とは性格が異なります。開放的なつくりから、城の建築が変化した時代を感じられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 16世紀

    深志城から松本城へ発展。

  2. 1593〜1594頃

    大天守等の推定築造年代。

  3. 江戸時代

    辰巳附櫓・月見櫓を増築。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

天守内部は歴史的な木造建築で、階段を上り下りします。入場方法、待ち時間の案内、料金や公開変更は松本城公式サイトで確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。