No. 093九州・沖縄熊本県

人吉城

Hitoyoshi Castle

城跡・遺構

球磨川と胸川に守られた、相良氏ゆかりの城跡です。山側の曲輪と川沿いの石垣から、地形を生かした守りをたどれます。

人吉城の石垣に見られる張り出した石の部分
人吉城の石垣に見られる張り出した石の部分写真:FlyMeToFullmoon · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
川と丘陵を組み合わせた平山城
築城・成立
中世に成立、近世に石垣などを拡充
築城に関わった人物・勢力
相良氏
別名・呼び名
繊月城
いま残るもの
曲輪・石垣・門跡など

THE STORY

歴史をひもとく

相良氏は中世から人吉を拠点とし、江戸時代までこの地を治めました。城は中世の山城を基礎に、近世に石垣や城域を広げて整えられたと考えられます。1862年の大火では城にも大きな被害が及びました。現在は建物を失った城跡ですが、曲輪と石垣にその構成が残ります。2020年の豪雨後は保存修理が続き、2026年も川沿いの石垣工事が行われています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

球磨川の南岸に位置し、西を胸川、東と南を山に守られた配置です。本丸を高所に置き、二の丸・三の丸を麓へ階段状に連ねました。石垣の上部には張り出した部分を持つ「武者返し」もあり、石積みの形そのものが見どころになります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

二つの川

北の球磨川と西の胸川が、城の自然の防御線でした。川岸と山側を見比べると、自然地形が城の境界になっていたことが分かります。

02

石垣の遺構

川に面する城域には、石垣がまとまって残っています。上部の張り出しを持つ「武者返し」など、積み方にも特徴があります。

03

相良氏の城

長くこの地を治めた相良氏の歴史を伝える場所です。中世の山城から近世の石垣の城へ、重なる時代を考えられます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 中世

    相良氏の拠点として城が発展。

  2. 1862年

    大火により城が被災。

  3. 2020年

    豪雨で城跡と周辺が被災。

  4. 2026年

    川沿い石垣の復旧工事が続く。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

水害の復旧や石垣工事に伴い、経路が変わる場合があります。人吉市の最新の開園・通行案内を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。