No. 004北海道・東北青森県

弘前城

Hirosaki Castle

現存天守

津軽氏の城には、江戸時代の天守や櫓、門が残っています。春の桜だけでなく、堀で分かれた曲輪と小さな三層天守の関係にも目を向けたい城です。

赤い橋の向こうに立つ弘前城天守。撮影当時の配置
赤い橋の向こうに立つ弘前城天守。撮影当時の配置写真:Luck-one · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
平山城・現存天守
築城・成立
城完成1611年/現存天守1810年
築城に関わった人物・勢力
津軽信枚/現天守は津軽寧親の時代
別名・呼び名
—
いま残るもの
天守、三櫓、五城門、堀・石垣

THE STORY

歴史をひもとく

津軽為信の構想を継いだ信枚が築城を進め、1611年に城が完成しました。最初の五層天守は1627年の落雷で焼失します。長く天守のない時代が続いた後、津軽寧親の時代に1810年の現天守が建てられました。近年は本丸石垣の修理と天守の保存整備が進められ、江戸時代の建築を次世代へ引き継いでいます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

堀が曲輪を区切り、門がその間の出入りを制御する構成です。現天守は三重三階で、外向きの面には破風などを配し、内向きの面は比較的簡素です。城内の見通しと、城外へ示す姿の違いを観察できます。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

1810年の天守

現天守は、最初の五層天守とは別の建物です。内側と外側で装飾が異なり、見る方向によって印象が変わります。

02

櫓と門

天守のほかに三つの櫓と五つの門が残り、城の入口や隅の守りを伝えます。一棟だけでなく、複数の建物の位置を結びつけて見ることができます。

03

石垣を受け継ぐ工事

本丸の石垣修理に伴い、天守は移動して保存工事を受けています。文化財を守る過程そのものも、現在の弘前城を知る大切な一面です。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1611

    弘前城が完成。

  2. 1627

    最初の天守が落雷で焼失。

  3. 1810

    現存する三層天守を建築。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

2026年9月確認時点、天守内部は保存修理のため長期休館中です。市は2025年11月24日から令和14年度までの休館を案内しています。園内の公開範囲と変更情報は石垣修理事業の公式ページで確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。