No. 022関東・甲信越東京都

八王子城

Hachioji Castle

城跡・遺構

北条氏照が築いた、山全体を利用する大きな城の跡です。御主殿の石垣と山上の要害を分けて見ると、暮らしの場と戦いの場を組み合わせた設計が分かります。

八王子城の御主殿跡へ続く石段
八王子城の御主殿跡へ続く石段写真:Mocchy · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
居館地区を伴う山城跡
築城・成立
16世紀末。正確な築城・移転年は諸説あり
築城に関わった人物・勢力
北条氏照
別名・呼び名
—
いま残るもの
曲輪・石垣・御主殿遺構。見学用の復元整備あり

THE STORY

歴史をひもとく

北条氏照は16世紀末、滝山城に代わる拠点として八王子城を整えました。築城・移転の年には諸説があり、完成前の部分もあったと考えられています。1590年、豊臣秀吉の小田原攻めに際して前田・上杉勢に攻められ、落城しました。1990年には御主殿周辺の石垣や古道が整備され、調査の成果を見学できるようになりました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

城は城下にあたる根小屋、居館地区、山上の要害地区に大きく分かれます。御主殿では石垣や枡形状の入口が見られ、上部では山の尾根と斜面が守りを担います。建物だけでなく区域ごとの役割を把握すると、広大な山城を理解しやすくなります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

御主殿跡

氏照の居館があったと考えられる区画です。主殿や庭園などの遺構から、山城の中にも政治と接客の場があったことが分かります。

02

石畳と虎口

石垣と石畳は、発掘で確認した遺構を生かして整備されています。入口の折れや段差をたどると、御主殿へ近づく動きが制御されていたことが見えます。

03

山上の要害

本丸方面は山の地形を使った防御の区域です。麓の居館地区とは歩行条件も異なるため、二つの区域を無理なく分けて見学できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 16世紀末

    北条氏照が城を整備。

  2. 1590

    前田・上杉勢の攻撃で落城。

  3. 1990

    御主殿地区の石垣・古道等を整備。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

市は未整備の区域への立入りを控えるよう案内しています。本丸方面は山道のため、天候と時間を考え、最新の通行情報を八王子市公式サイトで確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。