No. 021関東・甲信越東京都

江戸城

Edo Castle

城跡・遺構

徳川将軍家の城の一部が、現在の皇居東御苑に残っています。巨大な天守台や石垣、門をたどると、東京の中心にあった城の規模を実感できます。

江戸城跡の石橋、堀、石垣と櫓
江戸城跡の石橋、堀、石垣と櫓写真:Fg2 · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
将軍居城の遺構・皇居東御苑
築城・成立
中世に起源/江戸時代に大規模整備
築城に関わった人物・勢力
徳川将軍家
別名・呼び名
—
いま残るもの
天守台・石垣・門など。天守はなし

THE STORY

歴史をひもとく

江戸城は徳川将軍家の居城として大きく整えられました。江戸時代初期には天守が三度建てられ、最後のものは徳川家光の時代の1638年に完成しました。1657年の明暦の大火で天守が焼失し、その後は土台だけが再建されました。旧城の一部を整備した皇居東御苑は、1968年から一般公開されています。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

本丸などの主要区画を、石垣と門で段階的に区切っています。残る天守台の大きさは、失われた高層建築の規模を示す手掛かりです。ただし東御苑の公開範囲は旧江戸城全体ではなく、現在の皇居の一部です。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

天守台

1657年の大火後に築かれた石の土台で、この上に天守は再建されませんでした。建物がない広がりそのものが、城の歴史の転換を伝えます。

02

門と石垣

東御苑の入口や曲輪の境には、城の門と大きな石垣が見られます。平らな庭園だけでなく、区画の高低差や通路の曲がり方にも注目できます。

03

本丸から庭園へ

東御苑は旧本丸・二の丸・三の丸の一部を整備した庭園です。城の地形と後世の庭園を重ねて見ることで、現在まで続く場所の変化を学べます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1638

    徳川家光の天守が完成。

  2. 1657

    明暦の大火で天守が焼失。

  3. 1968

    皇居東御苑を一般公開。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

皇居東御苑には閉園日・入園時間があり、行事等で変更されます。皇居全域へ自由に入れるわけではないため、宮内庁の最新公開案内を確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。