まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 将軍居城の遺構・皇居東御苑
- 築城・成立
- 中世に起源/江戸時代に大規模整備
- 築城に関わった人物・勢力
- 徳川将軍家
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 天守台・石垣・門など。天守はなし
THE STORY
歴史をひもとく
江戸城は徳川将軍家の居城として大きく整えられました。江戸時代初期には天守が三度建てられ、最後のものは徳川家光の時代の1638年に完成しました。1657年の明暦の大火で天守が焼失し、その後は土台だけが再建されました。旧城の一部を整備した皇居東御苑は、1968年から一般公開されています。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
本丸などの主要区画を、石垣と門で段階的に区切っています。残る天守台の大きさは、失われた高層建築の規模を示す手掛かりです。ただし東御苑の公開範囲は旧江戸城全体ではなく、現在の皇居の一部です。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
天守台
1657年の大火後に築かれた石の土台で、この上に天守は再建されませんでした。建物がない広がりそのものが、城の歴史の転換を伝えます。
門と石垣
東御苑の入口や曲輪の境には、城の門と大きな石垣が見られます。平らな庭園だけでなく、区画の高低差や通路の曲がり方にも注目できます。
本丸から庭園へ
東御苑は旧本丸・二の丸・三の丸の一部を整備した庭園です。城の地形と後世の庭園を重ねて見ることで、現在まで続く場所の変化を学べます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1638
徳川家光の天守が完成。
- 1657
明暦の大火で天守が焼失。
- 1968
皇居東御苑を一般公開。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
皇居東御苑には閉園日・入園時間があり、行事等で変更されます。皇居全域へ自由に入れるわけではないため、宮内庁の最新公開案内を確認してください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



