まずは、城の素顔から
この城の基本情報
- 城のかたち
- 土塁・堀を主体とする平山城跡
- 築城・成立
- 中世に前身/1611年から近世城郭を整備
- 築城に関わった人物・勢力
- 土井利勝と歴代藩主
- 別名・呼び名
- —
- いま残るもの
- 空堀・水堀・土塁・天守跡
THE STORY
歴史をひもとく
中世の城を前身として、江戸時代初めに土井利勝が城を本格的に整えました。1611年から築造が進み、幕府の有力な譜代大名が城主を務めます。幕末の堀田正睦など、藩主には幕政の要職を担う人物がいました。明治以降は軍用地となって多くの建物が失われ、戦後に歴史公園として整備されました。
LAYOUT & ARCHITECTURE
地形と建物を、見てみよう。
低地へ張り出す台地の先端を利用した平山城です。水堀、空堀、土塁で守り、東側の台地へ武家屋敷と町を広げました。地面の高低差と区画の配置が、建築物に代わって城の構造を語っています。
A CLOSER LOOK
この城では、ここに注目。
馬出しの空堀
大きな空堀は、城の入口を守る馬出しと結びついています。底へ降りずに、道からその深さと曲がり方を確かめてみましょう。
本丸と天守跡
天守の建物は残っていませんが、その跡と本丸の地形をたどれます。建物がなくても、土塁の縁が中心区画の広さを伝えています。
水堀と出丸
南出丸や西出丸では、水堀と低地の関係を観察できます。空堀と水堀を使い分けた守りを、一つの城の中で比較できます。
THROUGH THE YEARS
歴史年表
- 1611
土井利勝による築造が始まる。
- 明治時代
軍用地となり門や櫓の多くを解体。
- 1979以降
公園の本格的な整備を進める。
BEFORE YOU GO
訪ねる前の、ひとメモ。
公園の一部には立入り制限があります。見学前に佐倉市の最新地図を確認し、公園センターや隣接博物館の開館条件は個別に確かめてください。
情報確認:2026年9月27日
出典・参考にした公式情報
営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。



