No. 020関東・甲信越千葉県

佐倉城

Sakura Castle

城跡・遺構

深い空堀と土塁に、江戸の東を守った城の輪郭が残っています。緑の多い公園を散策しながら、石垣に頼らず地形を使った大きな城を読み解けます。

草に覆われた佐倉城跡の土塁と園路
草に覆われた佐倉城跡の土塁と園路写真:EXECUTOR · Public domain · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
土塁・堀を主体とする平山城跡
築城・成立
中世に前身/1611年から近世城郭を整備
築城に関わった人物・勢力
土井利勝と歴代藩主
別名・呼び名
—
いま残るもの
空堀・水堀・土塁・天守跡

THE STORY

歴史をひもとく

中世の城を前身として、江戸時代初めに土井利勝が城を本格的に整えました。1611年から築造が進み、幕府の有力な譜代大名が城主を務めます。幕末の堀田正睦など、藩主には幕政の要職を担う人物がいました。明治以降は軍用地となって多くの建物が失われ、戦後に歴史公園として整備されました。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

低地へ張り出す台地の先端を利用した平山城です。水堀、空堀、土塁で守り、東側の台地へ武家屋敷と町を広げました。地面の高低差と区画の配置が、建築物に代わって城の構造を語っています。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

馬出しの空堀

大きな空堀は、城の入口を守る馬出しと結びついています。底へ降りずに、道からその深さと曲がり方を確かめてみましょう。

02

本丸と天守跡

天守の建物は残っていませんが、その跡と本丸の地形をたどれます。建物がなくても、土塁の縁が中心区画の広さを伝えています。

03

水堀と出丸

南出丸や西出丸では、水堀と低地の関係を観察できます。空堀と水堀を使い分けた守りを、一つの城の中で比較できます。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1611

    土井利勝による築造が始まる。

  2. 明治時代

    軍用地となり門や櫓の多くを解体。

  3. 1979以降

    公園の本格的な整備を進める。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

公園の一部には立入り制限があります。見学前に佐倉市の最新地図を確認し、公園センターや隣接博物館の開館条件は個別に確かめてください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。