No. 100九州・沖縄沖縄県

首里城

Shuri Castle

復元・復旧の途中

琉球王国の政治・外交・文化を支えた王城です。城壁や遺構の保存と、火災で失われた正殿の復元が進められています。

首里城の赤い正殿。2019年の火災より前の姿
首里城の赤い正殿。2019年の火災より前の姿写真:663highland · CC BY 2.5 · 縮小・WebP変換。一覧では枠に合わせて表示。写真は撮影当時の姿です。現在の工事・公開状況は本文と公式案内でご確認ください。

まずは、城の素顔から

この城の基本情報

城のかたち
琉球王国の王城・宮殿
築城・成立
中世に発展/正殿は2026年9月時点で復元中
築城に関わった人物・勢力
琉球王国の歴代国王と王府
別名・呼び名
首里グスク
いま残るもの
城跡の石造遺構・地下の建物基礎など。地上建物には復元部分が多い

THE STORY

歴史をひもとく

首里城は中世に発展し、1429年から1879年まで続いた琉球王国の中枢となりました。王の住まいに加え、政治・外交・儀式や文化の場でもありました。1945年の戦災で城は焼失し、後に発掘調査と建物の復元が進められました。2000年に世界遺産となったのは城跡の遺構であり、近代の復元建物そのものではありません。2019年の火災で正殿などが再び失われ、2026年9月現在も復元が進んでいます。

LAYOUT & ARCHITECTURE

地形と建物を、見てみよう。

丘の地形を生かす曲線の城壁が内郭と外郭を囲み、西を正面とする宮殿群を構成しました。中国や日本との交流を映す建築意匠を持ち、本土の武家の天守とは異なる王城です。地下に保存された正殿の基礎と、地上の復元建物は、遺産としての年代と性格を分けて理解する必要があります。

A CLOSER LOOK

この城では、ここに注目。

01

琉球の王城

王の住まいであり、政治や儀式の中心でもありました。周囲のグスクと比べると、王国の中心が担った役割の広さを考えられます。

02

曲線を描く城壁

丘の地形に合わせた城壁が、内郭と外郭を囲みます。地形に沿う壁と、宮殿群の配置を分けて観察すると構造を捉えやすくなります。

03

地下に残る世界遺産

世界遺産の価値を担うのは、近代の復元建物ではなく城跡の遺構です。保存された基礎の上に復元を重ねる、首里城の成り立ちを知るポイントです。

THROUGH THE YEARS

歴史年表

  1. 1429〜1879年

    琉球王国の中枢として機能。

  2. 1945年

    沖縄戦で城が焼失。

  3. 2000年

    城跡が琉球の世界遺産群に登録。

  4. 2019年

    火災で復元正殿などを失う。

  5. 2026年11月23日予定

    復元正殿の一般公開を予定。

BEFORE YOU GO

訪ねる前の、ひとメモ。

2026年9月27日時点で正殿は復元工事中です。一般公開は11月23日予定で、正殿内部の観覧は事前予約制と案内されています。最新情報は公式サイトで確認してください。

情報確認:2026年9月27日

出典・参考にした公式情報

営業時間・入城料・工事や公開範囲は、訪問前に各施設の公式案内をご確認ください。