マンサ・ムーサのメッカ巡礼が有名な理由は?
大量の金をばらまきカイロで金価格が暴落
1324年。マリ帝国の王。
第2部 · 第13章
古代〜16世紀 / アフリカ・南北アメリカ
位置関係を示す地図です。歴史的国境・支配領域を表す図ではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。
考える視点:欧州到来以前にも歴史があり、征服後も人々の文化は続く
アフリカには砂漠、草原、森林、高地など多様な環境があります。サハラは金、塩などの商品を運び、西アフリカと北アフリカを結びました。ガーナ、マリ、ソンガイなどのの力は、と地域の生産に関わります。砂漠を人を隔てる壁とだけ考えないようにしましょう。
イスラームの広まりは商人や学者、支配者の活動と結び付きました。や学問の拠点も発展します。ただし、地域の信仰や生活がすぐにすべて同じになるわけではありません。アフリカを欧州が来るまで歴史のない地域として扱うことは不正確です。
東アフリカの港市はインド洋のへ参加し、スワヒリ文化が形成されました。言語や建築、信仰にはアフリカの地域社会と海上の交流が関わります。外部からの影響だけでなく、現地の人々による生産や選択が重要でした。港の背後の内陸との関係にも目を向けます。
大ジンバブエなどの遺跡は、地域の政治、建築、を示します。かつて外部の人が作ったと説明されたことは、歴史の解釈が人種的な偏見と結び付く例です。遺跡の証拠をもとに地域の社会を考え、後世の見方をそのまま受け入れないことが大切です。
メソアメリカではマヤやアステカなどの社会が、アンデスではインカなどの社会が発展しました。政治の組織、文字や記録、農業の方法には違いがあります。現代の国境や一つの先住民像でまとめないようにします。と農村、山地と低地の関係を地理と合わせて読みましょう。
トウモロコシやジャガイモなどの作物は、地域の人々が育ててきた成果です。、段々畑、道路などの技術も環境に対応しました。車輪や鉄器が欧州と同じ形で使われないことを、社会が劣っていた証拠とみなすことはできません。異なる条件に応じた技術を比較します。
欧州の進出以前にも、各地で間の戦い、、移動がありました。征服では武力だけでなく、現地の勢力との同盟や感染症などが関わります。先住民がすべて同じ立場で抵抗したわけではありません。征服する側とされる側の内部の違いも考えましょう。
征服後も人々や文化は続き、支配の中で作り直されました。労働や宗教、土地の制度が大きく変化します。大航海時代を航海者の成功だけで読むと、その影響を受けた人々が見えなくなります。この章の社会を、次の時代にも生きる人々の歴史として捉えます。
金やサハラ交易、都市と学問が政治に関わった。
別の地域で、異なる都市や農業、政治の仕組みが発展した。
本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。
大量の金をばらまきカイロで金価格が暴落
1324年。マリ帝国の王。
アフリカ南部の石造都市遺跡
11〜15世紀。金の交易で繁栄。
ヴァンダル王国
一時はローマ市を略奪するほどの勢力を持った。
本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。
大量の金をばらまきカイロで金価格が暴落
1324年。マリ帝国の王。
アフリカ南部の石造都市遺跡
11〜15世紀。金の交易で繁栄。
ヴァンダル王国
一時はローマ市を略奪するほどの勢力を持った。