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第5部 · 第26章

大正デモクラシーと都市文化

1910〜1920年代 / 東京・大阪・各地の社会運動

用語集
この章の目次
  1. 普通選挙への道
  2. 働く人と社会運動
  3. 都市の暮らしと情報
  4. 震災と社会
  5. 年表
  6. 人物・重要事項
  7. 理解を確かめる

場所をつかむ

PLACE & HISTORY東京・大阪・各地の社会運動
大正デモクラシーと都市文化の主な地域1 東京12 横浜23 大阪3北約100 km
  1. 1東京
  2. 2横浜
  3. 3大阪

地点の位置関係を示す地図です。海岸線は現代の地形資料に基づき、当時の海岸線・国境・支配領域を表すものではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。

背景から変化へ

  1. 背景都市と社会運動、政治参加への要求が広がる
  2. 展開 →選挙制度と情報、娯楽、権利の議論が変わる
  3. 結果 →参加の拡大と思想の統制、差別の問題が併存する

考える視点:民主化の進展と、自由の制限が同時に起こり得るか

1. 普通選挙への道

護憲運動などを通じて、議会と政党による政治を求める動きが強まりました。1925年の法は、納税額による制限を撤廃して一定年齢以上の男性に選挙権を認めました。普通という名称があっても、女性などは対象外でした。参加の拡大と残る制限を分けます。

同じ1925年に治安維持法が制定され、思想や政治運動への統制が強まりました。政治参加が広がることと、言論や思想が自由になることは自動的に一致しません。民主化を一方向の進歩だけとして読まず、異なる政策が同時に行われる矛盾も見る必要があります。

2. 働く人と社会運動

労働争議、小作争議、女性の権利を求める運動などが広がりました。全国水平社の活動は、部落差別への抵抗を示します。要求は賃金、土地の利用、政治的な参加、尊厳など多様でした。一つの運動名にまとめるだけでは、人々が変えようとした生活が見えません。

平塚らいてう、市川房枝らの活動は、女性の生き方と制度を問い直しました。女性が働き学ぶ機会は増えながら、家や職場、政治には制限が残ります。制度の文章と日常の慣行を照らし合わせると、権利を求める理由が具体的になります。

3. 都市の暮らしと情報

鉄道、百貨店、映画、ラジオ、新聞などは都市の生活と娯楽を変えました。広告や大量の情報は人々の好みや社会の共通の経験を作ります。一方、都市の生活を全国の標準として描くことはできません。農村、所得、年齢によって経験は大きく違いました。

文学や美術にも新しい表現が生まれ、芥川龍之介らの作品は近代の人間や社会を描きます。新しい消費の楽しさと、仕事や住居の不安は同じ時代に存在します。文化の華やかさだけで生活の豊かさを判断せず、それを利用できた人とできなかった人を考えます。

4. 震災と社会

1923年の関東大震災は多くの人命と住居、仕事を奪いました。救助と復興には行政、企業、地域の人々の働きが必要でした。災害は自然の力による被害だけでなく、都市の構造、火災、避難、情報の伝わり方によって経験が変わる社会の出来事でもあります。

震災後には流言が広がり、朝鮮人などへの虐殺が起こりました。混乱の中の差別と暴力を、災害の被害に埋めて扱ってはいけません。何の情報を信じ、誰を排除したかをから確かめることは、現在の情報と社会を考えるうえでも重要です。

年表で流れを確かめる

  1. 1923年
    関東大震災

    災害と復興に加え、流言と朝鮮人などへの虐殺を学ぶ必要があります。

  2. 1925年
    普通選挙法・治安維持法

    選挙権の拡大と思想の統制が同時に進みました。

  3. 1920年代
    都市文化と社会運動

    情報と娯楽、労働、土地、女性や被差別の人々の権利が問われます。

人物・重要事項を調べる

本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。

加藤高明

1925年

首相として普通選挙法と治安維持法の成立時に政権を率いた

外交官出身の政治家です。普通選挙法で納税額の制限がなくなりましたが、選挙権は25歳以上の男性に限られました。一方で治安維持法による思想の取り締まりも強化されます。政治参加の拡大と自由の制限が並行した、大正末期の特徴を示しています。

市川房枝

1946年

女性参政権の実現を求め、戦後も政治参加と政治の浄化に取り組んだ

戦前から婦人参政権運動に関わり、女性が政治に参加できる制度を求めました。日本で女性が初めて衆議院選挙で投票したのは1946年です。戦後は参議院議員として活動しました。個人の運動と、多くの人々による権利拡大の積み重ねを結び付けて理解しましょう。

平塚らいてう

1911年

雑誌『青鞜』を創刊し、女性の表現と解放を訴えた

女性たちによる文芸活動の場を作り、女性の社会的な立場について問題を提起しました。「元始、女性は太陽であった」という創刊の言葉でも知られます。後には女性運動や平和運動にも関わりました。文学の活動が社会運動へ広がる例として学びましょう。

与謝野晶子

1901年

歌集『みだれ髪』で情熱的な短歌を発表した

明治以降の歌人・評論家です。女性の感情や恋愛を大胆に表現し、短歌の世界に新しい表現をもたらしました。日露戦争期の詩「君死にたまふことなかれ」でも知られます。教育や社会問題についても発言し、文学と社会への関心を結び付けました。

芥川龍之介

1915年

古典を題材にした短編小説『羅生門』を書いた

大正期を代表する小説家で、歴史的な素材から人間の心理や倫理を描きました。『鼻』『地獄変』なども知られます。作品は古典の出来事をそのまま写すのではなく、近代の視点で組み直されています。文学賞の芥川賞は、死後にその名を記念して設けられました。

宮沢賢治

1924年

童話集『注文の多い料理店』と詩集『春と修羅』を刊行した

岩手県で農業や教育に関わった詩人・童話作家です。自然、科学、宗教への関心が作品に表れます。『銀河鉄道の夜』も代表作ですが、生前に完成した刊本として広く出版された作品ではありません。作品の幻想性と、地域の暮らしへの関心を合わせて読みましょう。

上村松園

1948年

気品ある美人画を描き、女性として初めて文化勲章を受けた

京都の日本画家で、女性の姿を丁寧に表現しました。歴史や文学に取材した作品もあります。女性が専門の美術家として活動する道を開いた人物の一人です。浮世絵の歌麿の美人画とは、時代、技法、展示の場などが異なります。

山川菊栄

1920年代

女性差別と労働の問題を社会の仕組みから批判した

評論家・女性運動家です。女性が置かれる不平等を、個人の努力だけでなく制度や経済の問題と結び付けて論じました。戦後は労働省の婦人少年局長を務めました。戦前の思想・運動と、戦後の行政による権利保護をつなぐ人物として学びましょう。

普通選挙法が成立した年は?

1925年

25歳以上の男子に選挙権。同時に治安維持法も成立。

大正デモクラシーの代表的思想は?

民本主義(吉野作造)

普通選挙・政党政治を推進する思想的背景。

婦人参政権が実現した選挙は?

1946年の衆議院選挙

39人の女性議員が当選。

大正デモクラシーの「天皇機関説」を唱えた人物は?

美濃部達吉

天皇は国家の最高機関であるという学説。1935年に弾圧。

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」は何を批判?

日露戦争への出征

弟への反戦詩。「すめらみことは戦ひに…」。

関東大震災で起きた社会問題は?

朝鮮人虐殺・大杉栄の殺害(甘粕事件)

1923年。流言飛語による自警団の暴行。

「大正デモクラシー」の社会的背景は?

第一次大戦の好景気で中産階級が成長し民主主義を要求

政党政治・普通選挙・社会運動の活発化。

「第二次護憲運動」で成立した内閣は?

加藤高明内閣(護憲三派内閣)

1924年。普通選挙法と治安維持法を成立させた。

「治安維持法」の最高刑は当初何だった?

懲役10年

1925年。1928年の改正で死刑が追加された。

「関東大震災」後に出された「治安維持令」とは?

震災の混乱に乗じた治安対策(のち治安維持法の伏線)

1923年。朝鮮人虐殺・社会主義者弾圧の法的根拠に利用された面も。

「普通選挙法」で選挙権を得た条件は?

25歳以上の男子(納税要件なし)

1925年。有権者数が約4倍に。ただし女性は含まれず。

「大正デモクラシー」の2つの柱は?

吉野作造の民本主義と美濃部達吉の天皇機関説

民主主義的な政治思想が広まった。

「原敬内閣」の限界は?

普通選挙を実施せず(小選挙区制で政友会有利に)

1918〜21年。政党政治の始まりだが不完全。

日露戦争に出征した弟を思い「君死にたまふことなかれ」を詠んだ歌人は?

与謝野晶子

情熱的な歌集『みだれ髪』でも知られる。

1925年に成立した普通選挙法で、選挙権を得た有権者の条件は?

満25歳以上の男子

納税額による制限が撤廃され、有権者数が約4倍に増加した。

1923年9月1日に発生し、東京・横浜に壊滅的被害を与えた災害は?

関東大震災

混乱の中で朝鮮人らへの虐殺事件も起きた。

『羅生門』『鼻』などを著し、芥川賞にその名を残す大正の作家は?

芥川龍之介

短編小説の名手として知られ、35歳で自ら命を絶った。

農民の生活や理想を童話や詩に込めた、『銀河鉄道の夜』の作者は?

宮沢賢治

岩手で農業指導にも携わりながら創作活動を行った。

1923年の関東大震災後、東京の復興計画を主導した政治家は?

後藤新平

東京市長・内相などを歴任し、都市計画に大きな足跡を残した。

理解を確かめる

本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。

普通選挙法が成立した年は?

1925年

25歳以上の男子に選挙権。同時に治安維持法も成立。

大正デモクラシーの代表的思想は?

民本主義(吉野作造)

普通選挙・政党政治を推進する思想的背景。

婦人参政権が実現した選挙は?

1946年の衆議院選挙

39人の女性議員が当選。

大正デモクラシーの「天皇機関説」を唱えた人物は?

美濃部達吉

天皇は国家の最高機関であるという学説。1935年に弾圧。

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