シルクコード図書館

第4部 · 第25章

第一次世界大戦と変わる社会

1910年代 / 日本・中国・欧州

用語集
この章の目次
  1. 世界大戦への参加
  2. 大戦景気と暮らし
  3. 政党内閣と政治参加
  4. 戦後の国際秩序
  5. 年表
  6. 人物・重要事項
  7. 理解を確かめる

場所をつかむ

PLACE & HISTORY日本・中国・欧州
第一次世界大戦と変わる社会の主な地域日本海九州1 東京12 富山23 青島34 ソウル4北約200 km
  1. 1東京
  2. 2富山
  3. 3青島
  4. 4ソウル

地点の位置関係を示す地図です。海岸線は現代の地形資料に基づき、当時の海岸線・国境・支配領域を表すものではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。

背景から変化へ

  1. 背景欧州の大戦が東アジアと国際市場を変える
  2. 展開 →参戦、輸出の増加、政治参加の議論が進む
  3. 結果 →景気と生活の不安、戦後の国際的な対立が重なる

考える視点:国の利益が増えることと家計の安定は同じか

1. 世界大戦への参加

1914年に第一次世界大戦が始まると、日本は日英同盟の関係を背景に参戦しました。中国の山東半島や太平洋のドイツの拠点への軍事行動は、日本の対外的な影響を広げます。欧州の戦争が遠くの出来事ではなく、東アジアの秩序を変える点が重要です。

中国への二十一か条の要求は、中国のと日本の利益をめぐる対立を強めました。日本の進出を条約名だけで学ばず、中国の人々がどう受け止め、どんな運動や政治的な反応を起こしたかまで見る必要があります。外交の利益と、相手の社会の経験を分けずに読みます。

2. 大戦景気と暮らし

欧州の生産や貿易が戦争で変わると、日本の輸出や海運、産業は成長しました。大戦景気では利益を得る企業や人がいた一方、物価の上昇は働く人々の生活を苦しくしました。売上が増えることと、家計が楽になることは同じではありません。

1918年の米騒動は各地へ広がりました。米価と流通、投機、所得、政治への不満が関わります。参加者は地域によって異なり、要求や行動も一様ではありません。生活を守ろうとする行動が、政府と社会の関係を変えることを具体的に考えます。

3. 政党内閣と政治参加

原敬の内閣は、政党が政治の中心へ進む重要な目印です。しかし、政党内閣ができても選挙権は限られ、多くの人が投票できませんでした。政党、官僚、元老、軍、貴族院などの関係が、実際の政策を左右します。政府の名称だけで民主化の程度を判断しないようにします。

吉野作造の民本主義など、政治の目的と参加をめぐる議論が広がりました。大学、新聞、雑誌、演説会は意見を伝える場になります。政治を支える人の数が増えることと、誰の声でも同じように反映されることは別です。参加の仕組みと社会の制限を合わせて読みます。

4. 戦後の国際秩序

大戦後の講和で、日本の地位や領域に関わる取り決めが行われました。国際連盟の成立は協を目指しましたが、植民地支配や列強の力関係は残ります。民族自決の言葉が語られても、すべての地域に同じように実現したわけではありません。

朝鮮の三・一独立運動、中国の五・四運動は、戦後の期待と現実の違いを示します。日本では「戦争が終わった」と見える時期にも、周辺の人々はや権利を求めていました。次の章では、国内の政治参加と社会運動がどのように広がったかを見ます。

年表で流れを確かめる

  1. 1914年
    第一次世界大戦への参戦

    欧州の戦争が東アジアと日本の経済、外交を変えます。

  2. 1918年
    米騒動・原内閣

    生活の不安と政治参加の変化が重なった時期です。

  3. 1919年
    戦後の講和と民族運動

    国際的な期待と、主権や権利の実現との違いが問題になります。

人物・重要事項を調べる

本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。

米騒動の年は?

1918年

米価高騰に対する民衆の暴動。富山の主婦から始まった。

第一次大戦後の日本の好景気を何という?

大戦景気

1915〜18年頃。船成金・鉄成金が登場。

「第一次大戦」の「大戦景気」で成長した産業は?

造船業・海運業・化学工業

1914〜18年。ヨーロッパの需要を日本が代替。「船成金」。

「ワシントン会議」で決まった3つの条約は?

四カ国条約・九カ国条約・海軍軍縮条約

1921〜22年。日本は国際協調路線に。日英同盟は廃棄。

1918年、シベリア出兵を見越した米の買い占めから米価が高騰し、全国に広がった騒動は?

米騒動

富山県の主婦らの行動が発端とされ、寺内正毅内閣が退陣した。

米騒動を受けて1918年に成立した、初の本格的政党内閣を率いた首相は?

原敬

華族でなく衆議院議員から初めて首相となり「平民宰相」と呼ばれた。

1921〜22年、海軍軍縮と太平洋・極東問題を協議した国際会議は?

ワシントン会議

主力艦の保有比率が米英日で5:5:3と定められた。

ワシントン会議で中国の主権尊重・領土保全を約した条約は?

九カ国条約

これにより日英同盟は破棄された。

第一次世界大戦中、日本が好景気に沸いた現象を何という?

大戦景気

アジア市場への輸出増加で成金が続出した。

第一次世界大戦後、ヨーロッパ諸国の復興により輸出が減少し日本経済が陥った不況は?

戦後恐慌

1920年、株価の暴落から始まった。

理解を確かめる

本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。

米騒動の年は?

1918年

米価高騰に対する民衆の暴動。富山の主婦から始まった。

第一次大戦後の日本の好景気を何という?

大戦景気

1915〜18年頃。船成金・鉄成金が登場。

「第一次大戦」の「大戦景気」で成長した産業は?

造船業・海運業・化学工業

1914〜18年。ヨーロッパの需要を日本が代替。「船成金」。

「ワシントン会議」で決まった3つの条約は?

四カ国条約・九カ国条約・海軍軍縮条約

1921〜22年。日本は国際協調路線に。日英同盟は廃棄。

日本史の一問一答へ

用語

地図を詳しく見る

小さな画面では地図を左右に動かして確認できます。