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第5部 · 第26章

戦間期の経済・民主政・文化

19世紀後半の文化〜1930年代 / 欧米・アジア・植民地

用語集
この章の目次
  1. 戦後の社会と大衆文化
  2. 世界恐慌の広がり
  3. 独裁と民主政の危機
  4. ソ連とアジアの動き
  5. 年表
  6. 人物・重要事項
  7. 理解を確かめる

場所をつかむ

戦間期の経済・民主政・文化の主な地域12345
  1. ニューヨーク
  2. ベルリン
  3. モスクワ
  4. 東京
  5. 南京

位置関係を示す地図です。歴史的国境・支配領域を表す図ではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。

背景から変化へ

  1. 背景戦後の変化と金融・生産の不安
  2. 展開 →恐慌、政策の転換、独裁の進行
  3. 結果 →社会の制度と表現、国際関係が変わる

考える視点:成長や多数の支持だけで、人権や生活の安全を評価できない

1. 戦後の社会と大衆文化

戦争後、選挙権や生活、文化に変化が起こりました。映画、ラジオ、新聞などは多くの人々へ情報や娯楽を届けます。大衆社会では共通の経験が広がる一方、宣伝や世論への影響も強まります。媒体の発展が必ず自由な議論につながるわけではありません。

文学や絵画、音楽にも新しい表現が生まれました。科学では相対性理論や量子の研究などが発展します。アインシュタインのノーベル賞は特に光電効果の法則に関する成果への評価でした。著名な人物の名前と、実際に評価された仕事を正確に対応させましょう。

2. 世界恐慌の広がり

1929年の株価の暴落は世界恐慌の重要な目印ですが、経済の問題はそれ以前の生産、金融、国際的な資金の関係にもありました。銀行や企業、貿易の縮小が失業と生活の不安を広げます。株価の下落と、社会全体の不況の仕組みを分けて理解します。

各国は公共事業、金融の改革、保護貿易など異なる政策で対応しました。ローズヴェルトのニューディール政策は政府の役割を広げます。ブロック経済は自国や勢力圏を中心とする経済の囲い込みに関わりました。政策の国内の効果と、国際的な対立への影響を両方見ます。

3. 独裁と民主政の危機

ムッソリーニやヒトラーは暴力、宣伝、制度の利用などによって権力を強めました。独裁を一人の性格だけで説明すると、それを支えた組織や社会の動きが見えません。経済不安、政治の対立、差別的な思想がどのように利用されたかを考えます。

民主的な制度が存在しても、自由や権利が維持されるとは限りません。反対派への弾圧、議会の権限の縮小、報道の統制は社会の判断を変えます。多数の支持を得ることと、を尊重する政治であることは同じではありません。

4. ソ連とアジアの動き

スターリンのもとでは工業化や農業集団化が強制的に進められ、粛清や飢饉で多数の人々が被害を受けました。工業生産の増加だけで政策を評価しないことが重要です。数字の成果と人々の生活、政治的な自由を一緒に読みます。

中国の国民党と共産党の関係、日本の軍事的な進出、の民族運動なども変化しました。満洲事変などの出来事を欧州の対立の付録とせず、東アジアのや生活に関わる歴史として考えます。世界大戦へ向かう過程には各地域の政治的な判断がありました。

年表で流れを確かめる

  1. 1929年
    世界恐慌の節目

    株価の暴落を、金融、生産、失業、国際交易の問題へつなげて読む。

  2. 1933年
    ヒトラーの首相就任

    制度や暴力を用いて独裁が進められた。

  3. 1933年
    ニューディール政策

    ローズヴェルト政権が公共事業や金融の改革などを進めた。

人物・重要事項を調べる

本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。

ベートーヴェン

1824年

合唱を伴う交響曲第9番を発表した

ボンに生まれ、ウィーンで活動した作曲家です。聴覚の障害と向き合いながら創作を続けました。古典派からロマン派へ向かう音楽の発展に重要な役割を果たします。作品の構成や表現を拡大した点を、単なる苦労の物語だけでなく音楽史から理解しましょう。

チャールズ・ダーウィン

1859年

『種の起源』で自然選択による進化を論じた

イギリスの自然研究者です。ビーグル号の航海や長年の観察をもとに、生物の変化を考えました。ウォレスも独立に自然選択の考えを示しました。生物の進化を、強い者が社会で支配すべきだという主張にそのまま置き換えることはできません。

メンデル

1865年

エンドウの交配実験から遺伝の規則性を示した

修道院で研究した学者です。形質が子へ伝わる様子を数量的に調べました。成果は当初広く認められず、後に遺伝学の発展で評価されました。現代の遺伝はより複雑な仕組みも含みますが、実験と数による分析の重要さを示す基礎的な研究です。

パスツール

19世紀後半

微生物の研究を進め、狂犬病ワクチンの開発に関わった

フランスの科学者です。発酵や腐敗と微生物の関係を調べ、加熱による殺菌の方法も研究しました。自然発生説への反証も知られます。ワクチンは人体の防御の働きを利用します。コッホの病原菌研究との違いを整理すると、近代医学の発展が理解できます。

ロベルト・コッホ

1882年

結核菌を発見し、病原体の研究を発展させた

ドイツの医師・細菌学者です。特定の微生物と病気の関係を調べる方法を整えました。炭疽やコレラの研究でも知られます。北里柴三郎らが学んだ人物です。病原体を確認するための実験や培養の技術が、感染症への対応を進めた点を押さえましょう。

アインシュタイン

1905年

特殊相対性理論や光量子仮説を発表した

ドイツ生まれの物理学者です。時間や空間、光についての考えを変えました。1921年のノーベル物理学賞は特に光電効果の法則の発見に対して授与されました。相対性理論で受賞したと単純に説明しないようにしましょう。理論と実験の関係も重要です。

マリ・キュリー

1898年

ピエール・キュリーらとポロニウムやラジウムの研究を進めた

ポーランド生まれでフランスで活動した科学者です。放射能の研究で1903年に物理学賞、1911年に化学賞を受けました。放射能そのものの発見はベクレルの研究と関わります。研究者たちの役割を区別し、女性が科学の場で活動した歴史にも注目しましょう。

ファラデー

1831年

電磁誘導を発見し、発電機の原理につながる研究を行った

イギリスの科学者です。磁場の変化が電流を生むことを実験で示しました。電気と磁気の関係は後の技術の基礎になります。正式な学校教育の機会が限られる中で学び、科学の普及にも取り組みました。発見と、その後の実用技術を分けて理解しましょう。

トーマス・エジソン

1879年

実用的な白熱電灯と電力供給の仕組みの開発を進めた

アメリカの発明家・実業家です。蓄音機などでも知られます。電球は先行する発明があり、研究所の多くの人々による改良を経て実用化が進みました。一人がすべてを発明したと考えず、研究チームと事業の役割を合わせて理解しましょう。

ライト兄弟

1903年

動力を備え操縦できる飛行機による継続飛行を成功させた

アメリカの兄弟で、翼や操縦方法を実験によって改良しました。飛行には揚力、推進力、安定性などの課題があります。気球や滑空機の飛行はそれ以前にも存在しました。何を成功させたのかを具体的に区別し、航空技術の発展の中に位置付けましょう。

フロイト

1900年

『夢判断』などで無意識を重視する精神分析を展開した

オーストリアで活動した医師です。人の心を、本人が意識していない欲望や経験から考えました。心理学や文学に大きな影響を与えます。理論の中には現代の研究で批判される点もあります。歴史的な影響と、現在の科学的な評価を分けて理解しましょう。

フレミング

1928年

青カビからペニシリンの抗菌作用を見いだした

イギリスの細菌学者です。発見後、チェーンやフローリーらが薬として利用する研究を進めました。1945年には三人がノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。作用の発見と、治療薬の開発・大量生産は別の段階であることを押さえましょう。

ルイ・ブライユ

19世紀前半

六点を用いる点字の体系を考案した

フランスの教育者で、自身も視覚障害がありました。触って読む文字を整え、読み書きの機会を広げました。点字は後にさまざまな言語へ応用されます。知識へのアクセスを技術と教育によって支える例です。世界史の政治以外の変化にも目を向けましょう。

マリア・モンテッソーリ

1907年

「子どもの家」を開き、子どもの自発的な学びを重視した

イタリアの医師・教育者です。子どもの活動を観察し、発達に合わせた環境や教具を整えました。大人が一方的に教えるだけではなく、子ども自身が取り組む学びを重視します。教育の方法が時代とともに変わったことを示す人物です。

スターリン

1930年代

ソ連で五か年計画や農業集団化を進め、強い独裁を行った

レーニンの死後に権力を強めた指導者です。急速な工業化の一方、強制的な政策や粛清、飢饉で多数の人々が被害を受けました。第二次世界大戦では連合国側の指導者でもありました。国際的な役割と、国内の抑圧を分けずに考えることが大切です。

ヒトラー

1933年

ドイツ首相となり、ナチ党による独裁体制を築いた

経済不安や政治の混乱を背景に権力を得ました。人種主義による迫害と、ユダヤ人などの大量虐殺を進め、侵略戦争を起こしました。選挙や制度を利用して民主政を壊した過程も重要です。人物の言動だけでなく、支配を支えた制度や社会の動きを学びましょう。

ムッソリーニ

1922年

イタリアでファシスト政権を成立させた

暴力や大衆動員を用いて権力を強め、政治的な反対を抑えました。エチオピア侵略やドイツとの同盟を進めます。ナチズムと共通する面がある一方、成立の背景や制度には違いがあります。戦間期に民主的な政治が弱まった過程として理解しましょう。

フランクリン・ローズヴェルト

1933年

ニューディール政策で世界恐慌への対応を進めたアメリカ大統領

公共事業や金融制度の改革などを行いました。第二次世界大戦では連合国側の指導者として活動します。一方、日系人の強制収容など人権侵害も行われました。経済政策の成果と、戦時の政策の問題を合わせて学ぶことが大切です。

トルストイ

1860年代

『戦争と平和』でナポレオン戦争期のロシア社会を描いた

ロシアの作家です。『アンナ・カレーニナ』などで家族や社会、人間の内面を描きます。後には宗教や非暴力の思想にも関心を深めました。小説を通じて歴史を見る場合、史料の記録と作者が構成した物語の違いにも注意しましょう。

ドストエフスキー

1866年

『罪と罰』で犯罪と良心、救いの問題を描いた

ロシアの小説家です。『カラマーゾフの兄弟』などで信仰や自由、人間の矛盾を問いかけました。登場人物の対話や葛藤によって思想を表す点に特徴があります。トルストイとは同じ国・時代の作家ですが、作品名と表現の違いを整理しましょう。

ヴィクトル・ユゴー

1862年

『レ・ミゼラブル』で貧困や法、救いをめぐる物語を描いた

フランスの作家で、詩や戯曲、政治活動にも取り組みました。『ノートルダム・ド・パリ』も代表作です。社会から排除される人々の姿を通じ、正義や人間の尊厳を考えました。後に舞台や映画へ翻案され、広い読者・観客へ伝わった作品です。

ゲーテ

1808年

『ファウスト』などで人間の欲望や探究を描いた

ドイツの作家・思想家で、『若きウェルテルの悩み』も知られます。自然の研究や行政の仕事にも関わりました。『ファウスト』は長い期間をかけて書かれた作品です。文学と学問が結び付く活動を、近代ヨーロッパの文化の中に位置付けましょう。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン

19世紀

『人魚姫』『みにくいアヒルの子』などの童話を書いた

デンマークの作家です。子ども向けの物語として親しまれますが、孤独や苦しみ、社会の違いなども描かれています。伝承を集めたグリム兄弟とは、創作の方法が異なります。作品名だけでなく、創作童話と昔話の収集の違いも覚えましょう。

ジェイン・オースティン

1813年

『高慢と偏見』で結婚や階級、人間関係を描いた

イングランドの小説家です。家庭や社交の場の細かなやり取りから、社会の価値観を描きました。財産や結婚の制度は女性の生活を大きく左右していました。大きな戦争だけでなく、日常の人間関係から歴史を考えるための作品として読めます。

モネ

1874年

印象派の画家として、光の変化を風景画に表した

フランスの画家です。『印象・日の出』は印象派という呼称に関わる作品です。後には睡蓮を繰り返し描きました。同じ場所でも光や時間によって見え方が変わることに注目します。画家の名前と、光や色彩への関心を結び付けて覚えましょう。

ゴッホ

1889年

『星月夜』などで強い色彩と筆触による表現を行った

オランダ生まれで、フランスなどで活動した画家です。『ひまわり』も代表作です。生前の評価は限られていましたが、後に大きな影響を与えました。作品を病気だけで説明せず、色彩、構図、他の画家や日本の版画から受けた影響にも目を向けましょう。

ピカソ

1937年

『ゲルニカ』でスペイン内戦の空襲の悲劇を表した

スペイン生まれでフランスでも活動した画家です。ブラックとともにキュビスムを発展させました。生涯の中で表現は大きく変化します。『ゲルニカ』は芸術が戦争の被害を伝える役割を示す作品です。技法の革新と社会的な主題の両方を学びましょう。

ショパン

19世紀前半

ピアノ曲を中心に作曲したポーランド出身のロマン派音楽家

パリで活動し、夜想曲、練習曲、ポロネーズなどを残しました。ピアノの響きと細やかな表現を生かす作品が特徴です。故国への思いや、欧州の都市の音楽文化とも関わります。大規模な交響曲で知られる作曲家とは、中心となる楽器や作品の形式が異なります。

ジョン・デューイ

1916年

『民主主義と教育』で経験を通じた学びと民主的な社会を論じた

アメリカの哲学者・教育者です。子どもが活動し、問題を考え、経験を振り返る学びを重視しました。学校を社会から切り離さず、協力する生活の場として考えます。知識を覚えることだけでなく、それを使って問題に取り組む教育の発展に影響を与えました。

世界恐慌の発端は?

NY株式市場大暴落

1929年。

ニューディール政策の大統領は?

F・ルーズベルト

世界恐慌対策。

ナチスの指導者は?

ヒトラー

ホロコースト。

ソ連の「脱スターリン化」を行った指導者は?

フルシチョフ

1956年の秘密報告でスターリンの個人崇拝を批判。

キュリー夫人が受賞したノーベル賞は何個?

2個(物理学賞と化学賞)

1903年に物理学賞、1911年に化学賞。

ロカルノ条約(1925年)の内容は?

ドイツの西部国境の不可侵

ドイツの国際連盟加盟への道を開いた。

ラパッロ条約(1922年)でソ連と国交を結んだ国は?

ドイツ(ワイマール共和国)

国際的に孤立した両国が接近。

「相対性理論」を発表した物理学者は?

アインシュタイン

1905年(特殊)と1915年(一般)。

世界恐慌に対するニューディール政策の柱は?

公共事業・金融規制・社会保障

TVA(テネシー川流域開発公社)が代表例。

ワイマール共和国はどの国の政体?

ドイツ

1919〜33年。ヒトラーの台頭で崩壊。

1929年、ニューヨーク株式市場の暴落から始まった世界的な不況は?

世界恐慌

各国は保護貿易やブロック経済で対応した。

世界恐慌に対しアメリカのフランクリン・ローズヴェルト大統領が実施した経済政策は?

ニューディール政策

公共事業を通じて雇用を創出し景気回復を図った。

1933年、全権委任法によりドイツで独裁体制を築いた人物は?

ヒトラー

ナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)を率いた。

1927年、蒋介石が共産党を弾圧し第1次国共合作を崩壊させた事件は?

上海クーデタ

この後、南京に国民政府が樹立された。

1936年、張学良が蒋介石を監禁し内戦停止を迫った事件は?

西安事件

第2次国共合作と抗日民族統一戦線への転機となった。

1956年、フルシチョフが行った個人崇拝や粛清への批判は?

スターリン批判

東欧の自由化運動や中ソ対立のきっかけとなった。

1941年、ローズヴェルトとチャーチルが戦後世界の構想を発表した文書は?

大西洋憲章

領土不拡大や民族自決などをうたい、国連憲章の基礎となった。

理解を確かめる

本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。

世界恐慌の発端は?

NY株式市場大暴落

1929年。

ニューディール政策の大統領は?

F・ルーズベルト

世界恐慌対策。

ナチスの指導者は?

ヒトラー

ホロコースト。

ソ連の「脱スターリン化」を行った指導者は?

フルシチョフ

1956年の秘密報告でスターリンの個人崇拝を批判。

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