シルクコード図書館 · 小説社員ゼロの社長 · よし

社員ゼロの社長 · 著者 よし

第10章 売上90%減

目次

修一は、宮本の電話を切る前に処理を止めようとした。

 画面には、自動処理を使っている全ての契約が表示された。止めれば、今夜正しく送る予定の請求書も止まる。

「少し、確認します」

 修一はそう言った。

「まだ、送られるの?」

 宮本の声が硬くなった。

 修一は、新しい送信を止めた。照合の候補は残したが、それをもとに自動で先へ進む処理は止める。完了したものは、止めても戻らなかった。

 外部の運用担当に連絡し、対象を調べるよう依頼した。夜間の追加対応の費用を確認された。

「お願いします」

 金額を聞いて、少し躊躇した。その一瞬を、電話の向こうには見せなかった。

 いま節約しても、送った請求書は正しくならない。

 記録を追うと、AIの判断だけでは説明できないことが出てきた。

 古い見積の版。途中まで完了した作業。変更分が別の記録になっている案件。AIは似た文言を結び付け、条件が揃ったとした。

 高い確信度の表示があったが、何を確かめた結果なのかを利用者に十分示していなかった。確信度は、契約の正しさを保証する数字ではない。

 修一は分かっていたはずだった。使う人も分かっていると思った。

 更新前の処理では確認へ回った案件が、更新後には自動で進んでいた。処理の費用を減らすために、照合の順序も変えていた。

 試験で使ったのは、一つの番号に一つの完了記録がある案件が多かった。途中で条件が変わる例は少なかった。

 何をAIに判断させるか。何を別の条件で確かめるか。どこで利用者に戻すか。

 それを決めたのはAIではなかった。

 外部の担当から、公開前の確認を広げるよう頼んだメールが転送された。修一の返事も、下に残っていた。

〈初期の運用で問題がなければ、広げます〉

 広げた日付は、問題がないことを確認し終わるより先だった。

 朝までに、影響がありそうな会社の一覧が出来た。

 まだ誤りが確定していないものもある。誤った請求が送られたものもある。相手が気づいて送る前に直したものもある。

 全部を同じ「障害」と呼べば、説明は短くなる。全部を同じ「確認不足」と呼べば、修一の責任は軽く見える。

 修一は、後者の文を最初に書いた。

〈自動処理を選択された場合でも、最終的な内容の確認をお願いしております〉

 その一文を、案内の先頭へ置いた。

 読むと、相手を責めているように見えた。確認を省くことで便利になると言って売り、間違えば確認しなかった相手が悪いと説明する。

 修一は文を消した。消すだけでは、何を書けばよいか分からなかった。

 宮本からまた電話が来た。

「取引先に、どう説明したらいいの」

「余白ノートの判定に誤りがありました」

「そう言う。でも、それでうちの信用が戻るわけじゃない」

「はい」

 宮本は息をついた。

「うちは、自動にする範囲を決めて使ってた。そこは、分かってる?」

「分かっています」

 最初から分かっていたように答えたことが、修一には恥ずかしかった。

 翌週、解約がまとまって来た。

 事故の影響を受けなかった会社も、使い続けるのが怖いと言った。修一は、問題の処理を止めたと説明した。

「今回の処理以外は、本当に大丈夫ですか」

 答えは、全てを調べ終えてからでなければ出せなかった。

 調べていると答えると、相手は解約を選んだ。

 返事を保留した会社には、修一が直接連絡した。仕事を取り戻すために、今まで足りなかった説明を急に丁寧にする。自分が苦しくなったときだけ、相手の話を聞こうとしている。

 月末、売上は百四万円だった。

 最高の月から、およそ九割減っていた。大手が来る前の一千万円。大手の参入で三百万円。事故のあとに百万円。

 数字を三つ並べると、坂ではなく階段に見えた。降りたところで、戻る段の高さが分かった。

 修一は早瀬へ電話をかけた。

「時間を、取ってください」

 見栄を張るための資料は作らなかった。

 会社の口座には、一千八百万円ほどあった。

 大きい数字に見えた。以前の修一なら、かなり安心した額だった。

 早瀬は、その金を使えるものと、これから払うものに分けた。

 年払いの契約で解約する人への返金見込み。事故の確認と利用者の復旧を手伝う費用。相手と協議して負担する支出。最初の見込みを合わせると、約九百万円だった。

 まだ全ての対象は確定していない。増える可能性がある。

 そのほかに、基盤、運用、専門家の契約、借入の返済がある。売上の入金が百万円前後へ落ちたままなら、月に二百五十万円ほど、現金が減る見込みだった。

 早瀬は、九百万円を引いた残りを指した。

「この見通しなら、余裕は何年もありません」

 修一は計算した。三か月少し。必要な費用が増えれば、もっと短い。

「売上が戻れば」

「戻る時期は、まだ分かりません」

 早瀬は、借入の一覧も開いた。成長期に基盤の拡張のため借りた金が残っている。売上が伸びる見通しで返済を組んだ。伸びなければ、支払日だけが来る。

 修一は、返済が仕事を待ってくれないことを改めて見た。

 家で、真紀に残高の話をした。

「家のお金は、分けてあるよね」

「分けてる」

「これから、入れるつもりは」

 修一は答える前に、自分の貯金を思い出した。

 会社を守れば、あとで戻せる。そう考えれば、使えそうに見える。

「今は、考えてない」

「今は、ね」

 真紀は責めるようには言わなかった。

「入れるなら、その前に話して。勝手に決めたあとで、守るためだったと言われたくない」

 修一はうなずいた。

 いつか自由になるために金を増やし、その金を守るために生活を危険にさらす。その順序には、どこかで終わりが必要だった。

 だが、今やめれば、余白システムズは失敗した会社になる。修一は、数字が小さくなること以上に、それを怖がっていた。

 会社を辞めてまで作ったものを、自分が壊した。

 その一文を、頭の中では何度も聞いていた。

 投資の話は、運用支援の知り合いを通じて来た。

 成長の余地があるサービスを持つ小さな会社を探しているという。資金が入れば、返金も改修も出来る。修一は資料を持って面談した。

 相手は事故を知っていた。

「どのくらいの顧客が戻れそうですか」

「まだ分かりません」

「大手にないところを残せば、戻ると思います。今は、会社の価値を必要以上に下げないことです」

 提案書には、再開と販売を優先する計画があった。事故の公表は、外部の確認が終わってから簡潔にする。原因が全て確定するまでは、細かく知らせない。

 相手は、虚偽を書けとは言わなかった。未確定のことを騒ぎにしない方がよい、と説明した。

 修一にも、その理屈は分かった。

 全てが確定するまで、対象の利用者を待たせることになる。まだ確認を待つ人は、使い続けるかを決められない。

「問い合わせが来た会社には、どう答えますか」

「個別に必要な範囲で」

 その必要な範囲を、自分たちの都合で決める。

 修一は提案書を持ち帰った。すぐに断れるほど、強くはなかった。

 事務所に戻り、千葉の一覧を開いた。

 問い合わせを答える前に、何を聞かれているかを確かめる。

 相手が聞いているのは、佐伯修一が良い人かどうかではない。自分の案件が影響を受けたか。請求が正しいか。今、使えるか。いつ、何が分かるか。

 修一は千葉の連絡先を探した。

 退職後、一度だけ別の仕事の知らせを受け取っていた。顧客対応と運用を支援する会社にいる。修一はその会社の窓口へ、事故対応を依頼できるか問い合わせた。

 翌日、千葉から返事が来た。

〈状況を伺います。対応範囲と費用は、会社として確認します〉

 私的に助けてほしいとは書かなかった。その代わり、修一は状況を詳しく送った。

 再会は、千葉の会社の会議室だった。

「今、止めているのはどこですか」

 千葉は挨拶のあと、最初に聞いた。

「自動送信です。照合は使えます」

「その照合で出した候補を、顧客が正しいと思う表示になっていませんか」

 修一は画面を見せた。千葉は確認の文を指した。

「ここが、まだ曖昧です」

 修一は、昔のように、触れば分かると言いそうになった。

 言わなかった。

 依頼する仕事を整理した。

 記録の保全、問い合わせの分類、回答の案、対象の利用者への連絡。原因の技術的な確認は、別の専門家と組む。会社の支払と公表の判断は、修一がする。

 千葉は、出来ることと出来ないことを明記した。

「全ての人を納得させることは、約束できません」

「それは分かっています」

「夜間も含めるなら、別の体制と費用が必要です」

「必要な範囲を、決めましょう」

 修一の答えに、千葉は短くうなずいた。

 支援を頼めば、現金はさらに減る。一人で全てに答えれば、原因の確認と修正が止まる。

 どちらも怖かった。怖くない選択はなかった。

 契約することを決めた。

 会議が終わったあと、修一は、あのときはうまく働いてもらえなかったと言った。

 千葉は少し考えた。

「今回は、範囲を決められましたね」

 昔の関係を、今の仕事の中で解き直す返事だった。

 公表する文には、まだ分からないことも書いた。

 影響の可能性がある条件。止めた処理。判明している誤り。確認を進めている範囲。次に知らせる日。

 修一が更新を急ぎ、確認の範囲を狭めたことも入れた。

 外部からは、会社の責任を不用意に広げる文にしないよう助言を受けた。修一はその助言を聞き、事実と評価を分けた。責任を認めることは、まだ知らない損害まで適当に約束することではなかった。

 宮本へ先に連絡した。文を見せ、会社の取引先に説明するため必要な記録を確認した。

「これで、すぐ元に戻るとは思わないでね」

「思っていません」

 修一は答えた。戻ってほしい気持ちはあった。だが、それを相手への説明に混ぜないことは出来た。

 投資の提案を断り、条件を見直した場合には改めて話したいと返した。返事はすぐには来なかった。

 送る前に、修一は残高を見た。

 今日の公表で、さらに解約が来るかもしれない。対象が増えれば、返金の見込みも増える。自分で会社を終わらせることになるのではないか。

 画面を見ていると、木崎の声が浮かんだ。

 何かあったとき、お前が責任取れるの。

 責任を取ると言えば強い人になれるわけではない。全部を一人で払えるわけでもない。

 それでも、今分かっていることを知らせるかどうかは、自分で決められる。

 修一は公表を承認した。次に、影響の可能性がある利用者への連絡も承認した。

 千葉の会社の担当者から、送信を開始したという報告が来た。

 その夜の売上は増えなかった。

 翌朝、修一の受信箱には、解約と質問と、まだ使うために何が必要かを尋ねるメールが、分かれずに並んでいた。

 修一は一件目を開いた。謝罪を書く前に、何を聞かれているかを読んだ。

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この作品はフィクションです。経験を出発点に人物・企業・出来事を創作・再構成しています。将来の成功を描く部分は創作であり、実際の業績を示すものではありません。