シルクコード図書館 · 小説社員ゼロの社長 · よし

社員ゼロの社長 · 著者 よし

第11章 信頼という資産

目次

公表の翌日、最初の会議には六人がいた。

 修一、千葉、千葉の会社の運用担当、技術の確認をする外部の担当、早瀬、契約と対応の相談をしている専門家。全員が、修一の社員ではなかった。

 画面の向こうに人が揃うと、修一は自分が一人で行っていた仕事の多さより、自分が知らずに進めていた判断の多さを感じた。

 千葉が一覧を示した。

「対象の可能性があるものと、誤りを確認したものを分けました」

 同じ一覧に、顧客の質問と、次に必要な回答があった。

 修一は原因の説明から話し始めようとした。千葉が一度止めた。

「原因を知りたい方もいます。今、今日の請求をどうするかを聞いている方には、先にそれを返します」

 修一はうなずいた。

 自分が話せる順番と、相手が必要な順番は違った。

 返金を決めても、仕事は一つで終わらなかった。

 年払いの残りをどう扱うか。使えていた機能の料金と、止まった機能の料金をどう分けるか。誤った請求を顧客が取り消すため、どんな記録を渡すか。

 利用者の取引先に送られた請求の金は、余白システムズの売上ではない。修一がまとめて返せば終わるものではなかった。誰が受け取り、どこで訂正するかを、利用者と確かめなければならない。

 宮本の会社では、取引先から、今までの請求も確認したいと言われた。

 修一は必要な期間の記録を整理し、宮本に渡した。別の記録との突き合わせに時間がかかった。

「費用は、こちらで相談させてください」

 修一は申し出た。

「費用を出してくれるのは助かる。でも、うちの担当がこれをしている間、別の仕事は止まるの」

 宮本は言った。

 金を払えば責任を果たせると思いたかった。金で埋められる部分はある。それだけでは、使った時間と傷ついた関係は戻らない。

 修一は、何を手伝えば作業が減るか聞いた。

 厳しいメールも届いた。

〈一人で出来ると宣伝して、出来なくなったら外部の人を呼ぶのですか〉

 修一は返事を書きかけて、消した。

 以前から外部の協力を受けていた。そう説明すれば事実だった。だが、自分が取材の見出しを直さず、よく見える方を選んだことも事実だった。

 会社紹介を改めた。

 役員一名、直接雇用の社員なし。開発、運用、専門の確認、導入支援は外部と協力している。判断の責任は会社が持つ。

 言葉にすると、派手さは減った。

 それでも、協力する人の仕事を残した方が、自分の会社の実像に近かった。

 媒体へ連絡し、紹介記事の協力体制の説明を補足してもらえないか頼んだ。すぐに全てが変わるわけではなかったが、現在の案内には追記が入った。

 修一は、その変更を売上の表と同じ場所に記録しなかった。数字に直せない仕事を、別の一覧で残すようになった。

 最初の返金と復旧の見込みは、約一千六十万円まで増えた。

 確かめた結果、範囲が広がった。戻して使う契約もあるが、返金を受けて終わる契約もある。

 修一は成長期に買った車を売った。仕事用にしていたが、見せたい気持ちで選んだ部分もあった。売却の手続きが終わると、手元に残る金を会社へ入れる方法を、早瀬と整理した。

 真紀には先に話した。

「車の代金を、会社に使いたい」

「家の貯金には触らない?」

「触らない。そこは守る」

 真紀は条件を確かめてから、了承した。

 車がなくなった週、修一は宮本の会社へ電車とバスで行った。雨が降り、傘の先から靴へ水が落ちた。

 格好が悪いと思った。その気持ちがあることは隠せなかった。

 会社へ着くと、宮本は移動手段を聞かなかった。机に、確認した記録が積まれていた。

 自分が何で来たかより、何を持ってきたかが必要だった。

 支出を減らす相談も、相手の予定を変えた。

 広告は止めた。新しい機能の開発は絞った。事務所の契約を見直し、必要な場所だけを借りることにした。

 基盤と運用の契約は、今すぐ全てを安く出来るわけではない。相手も、その契約を前提に仕事を組んでいる。

 修一は以前なら、融通を利かせてくれないと思っただろう。

 今回は、減らす範囲と時期を説明し、支払の日程を相談した。延期しても、金を払わなくてよくなるわけではない。後の表に移るだけだった。

 借入の返済についても相談した。資料を揃え、現状と見通しを示した。一度の説明では決まらず、何を再開し、どの契約を維持するかを尋ねられた。

 修一は、まだ確定していない売上を約束に使わなかった。

 以前売上を自慢した相手にも、費用を見直してほしいと頼んだ。相手の返事を待つ時間は、ライターへ応募したときより長く感じた。

 改修では、速くすることを最初の目標にしなかった。

 条件が読めない場合、空白を残す。版が複数ある場合、どれを使ったかを示す。作業の完了と、支払条件の成立を分ける。候補を出しただけの状態に、確認済みという言葉を使わない。

 重要な判断は、決めた人と日時が残る形にした。自動で進める範囲も狭めた。

 外部の確認担当が、一つずつ変わった例を試した。修一は以前、自分が直した例をもう一度通すことを確認だと思っていた。今回は、修一が知らなかった例が増えた。

 新しい処理は、前より遅いところがあった。

 AIの利用料も、最初に考えたほど減らなかった。

「これだと、速くなると説明できませんね」

 修一が言うと、千葉は画面を見た。

「何が速くなるかを、分けて説明できます。間違ったあとに調べる時間は、減らせます」

 修一は、その言葉を宣伝の見出しにすぐ使わなかった。実際に減らせるかを、記録してから決めることにした。

 最初の再開は、一つの機能だけだった。

 宮本の会社に試してもらうと、以前より操作が増えた。

「面倒は増えたね」

 宮本は言った。

「はい」

「でも、何を見て決めたかは分かる」

 修一は画面を指し、元の書類へ戻れることを説明した。

「ここまでなら使える。自動送信は、まだ使わない」

 宮本は決めた。

 修一は、もう少し使ってほしいと思った。料金は狭い範囲のものになる。売上の戻る速度は遅い。

 それでも、宮本が決めた範囲を契約にした。

 相手が慎重であることを、自分への不信と同じにしない。まだ出来ていないところもあったが、その場では出来た。

 宮本の担当者が、試した画面の問題を二つ教えた。

 修一は持ち帰り、翌週直した。新しい機能を十個作るより、会社のためになる一週間だった。

 別の利用者は戻らなかった。

 修一は再開の案内を送り、電話で説明する時間を求めた。返事には、もう別のサービスで進めているとあった。

〈対応の記録は確認しました。今後も、改善を続けてください〉

 丁寧な言葉だった。修一は、もう一度値引きを提案しそうになった。

 顧客の仕事は、余白システムズの復活のためにあるのではない。

 理解していても、断られると痛かった。

 修一は返事を書き、移行後の確認で必要な記録があれば知らせてほしいと伝えた。新しい利用者へ使う宣伝文には、その会社の名前を残さなかった。

 失った契約は、失った契約だった。

 謝罪をすれば帳簿の外で戻るわけではなかった。

 三か月目、保守の小さな契約が増えた。

 全部を使い直すほどではないが、既存の書類を整理し、履歴を見られる形にしたい会社があった。余白ノートの仕組みの一部を、有償で使う。

 修一は収入が必要だった。必要だからこそ、出来ないことまで受ければ、また同じことになる。

 仕事の範囲を見積もり、相手が望む納期に合わないときは断った。

 千葉の会社は、修一が断った導入の一部を、別の支援として受けた。余白システムズの売上にはならなかったが、利用者の仕事は進んだ。

 修一は、以前なら取られたと思っただろうと感じた。

 自分の会社に全部を通さなくても、役に立てる場合はあった。綺麗な気持ちで毎回そう思えるわけではない。嫉妬したあとに、範囲を守っただけだった。

 月の収入が支出へ少しずつ近づき、減る現金の速度が落ちた。

 六か月目、入る金と出る金が、ようやくほぼ並んだ。延期した支払は残っている。終わったわけではなかった。

 それでも、残高を見るたびに会社の最後の日を数える時間は減った。

 一年目、修一は問い合わせの多い日の夜に、あえて机を離れた。

 千葉の会社には、その日の対応の範囲と、緊急の連絡の条件を渡してある。まだ心配だった。

 近くの店で、真紀と夕食を食べた。スマートフォンは鞄に入れた。

 料理が来る前に一度取り出そうとして、やめた。

「気になる?」

「なる」

「今日は、向こうで出来るんでしょう」

「出来るようにした」

 修一は答えた。

 机を離れることは、仕事を投げることではなかった。離れる前に、仕事が止まらない条件を作る。そんな当たり前のことを、会社にいたころの自分には選べなかった。独立したあとも、自分から選ばなかった。

 帰宅すると、予定通りの報告が届いていた。顧客の一件で、修一が承認すべき質問がある。翌朝に答える条件だった。

 修一は夜に返そうとして、下書きで保存した。

 翌朝でも間に合うものを、夜に返さない練習だった。

 二年目、導入を支援する会社から、契約を組み直したいと相談があった。

 複数の拠点に導入し、社内の承認と変更の履歴を管理したい。以前の余白ノートより大きな使い方だった。

 修一は、一人で導入を抱える契約にはしなかった。地域で説明と運用の支援をする会社を通し、システムの提供と保守の範囲を決める。

 料金は以前の小口の月額とは違った。必要な確認、保存する量、連携する仕組み、支援の費用を並べた。

「高くなりますね」

 商談で言われた。

「提供する範囲が違います」

 修一は答えた。

 安く見せて、あとから必要な仕事を別料金にすることは避けた。使わない機能を減らす案は出した。会社が払える額に合わせて全部を約束する案は出さなかった。

 商談の一つはなくなった。一つは小さく始める契約になった。

 小さく始めた方が、翌年には拠点を増やした。

 三年ほどかかって、月の売上は事故前の水準へ戻った。

 同じ一千万円でも、中身は変わっていた。失った利用者の全てが戻ったわけではない。大口の契約が増え、外部の支援の費用も増えた。

 利益と現金の表を、修一は同時に開いた。昔の青いセルだけを見る習慣は、完全には消えなかったが、それだけで眠れると思うことはなくなった。

 復旧の費用も、返金も、記録として残した。

 紹介する実績には、事故の対応の記録へ移れる入口を置いた。新しい商談で、それについて尋ねられることもあった。

「同じことが、もう起きないと言えますか」

 修一は、起きないと断言しなかった。

「誤りを見つける範囲と、止める手順を作っています。今回、何を直したかはこちらです」

 安心させるには、短い約束の方が速かった。

 選んでもらうには、見られる情報の方が長く役に立った。

 その後の成長も、一つの年で全てが変わったわけではなかった。

 大型の導入が半年遅れ、予定した売上が次の年へ移った。ある地域の支援会社と範囲が合わず、契約を縮めた。修一が受けたくなった案件を、確認できる体制が足りずに断った。

 年の目標を下げるとき、修一は早瀬に不満を言った。

「出来るのに、受けられない」

「作れることと、続けて提供できることは違います」

 修一はその言葉をもう何度も聞いていた。それでも、毎回最初から納得するわけではなかった。

 支援会社と例を共有し、使う会社が増えても確認の方法を揃えた。修一だけが知っている例外を減らす。AIが答えの下書きを作る。人が必要な範囲を確認し、決めた記録を残す。

 社員は増やさなかった。協力する会社と、その会社で仕事をする人は増えた。

 人数を隠して一人の成果と言うことは、もうしなかった。

 独立から十年ほど経った春、年間の売上が十億円を超えた。

 大口の法人契約は三百六十社。平均の年間売上が二百四十万円ほどで、合わせて八億六千四百万円。小口の契約や関連サービス、アプリとコンテンツが残りを支えた。

 取引先が余白ノートで作った請求書の総額ではない。余白システムズが提供したサービスとライセンスなどの売上だった。

 費用も、昔より桁が違った。会社の売上が、そのまま修一の財布に入るわけではない。

 早瀬と表を確認したあと、修一は誰もいない時間に事務所へ戻った。

 祝おうと思った。真紀に連絡し、森田にも知らせるつもりだった。

 その前に、来年の目標を開いた。

 百億円。

 数字を入力したところで、修一は手を止めた。

 十億円になれば安心できると思っていた。その金額を超えた日に、次の不足を作っている。

 窓の外では、通学する子どもが何人か歩いていた。自分が会社を辞めた年には、まだ生まれていなかったかもしれない。

 修一は目標の画面を閉じた。数字を消したわけではなかった。

 真紀へ、今夜、食事に行こうと送った。

 返事が来るまで、仕事を始めずに待った。

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この作品はフィクションです。経験を出発点に人物・企業・出来事を創作・再構成しています。将来の成功を描く部分は創作であり、実際の業績を示すものではありません。