太宰治
1948年
小説『人間失格』で人間関係や自己の苦悩を描いた
昭和期の小説家で、『走れメロス』『斜陽』なども知られます。語り手の告白や、人間の弱さを描く表現が特徴です。作品の人物と作者自身をすべて同一視することはできません。戦前から戦後へ社会が大きく変わる中での文学として位置付けましょう。
第5部 · 第31章
1970年代〜2000年代 / 日本・世界の市場
地点の位置関係を示す地図です。海岸線は現代の地形資料に基づき、当時の海岸線・国境・支配領域を表すものではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。
考える視点:平均の数字の中に、誰の経験が隠れているか
1973年の石油危機は、資源と国際的な価格が日本の生産や物価へ届くことを示しました。企業は省エネルギーや技術、産業の組み替えを進めます。高い成長が続くことを当然とできなくなった社会で、雇用や生活の安定をどう守るかが課題になります。
輸出の増加は海外の市場と日本の仕事を結び、貿易摩擦も生みました。商品を安く多く作る力だけで、国際的な協が進むわけではありません。為替、外交、企業の海外進出が重なって、生産する場所と利益の配分を変えていきます。
1980年代後半には土地や株の価格が上がり、投資と借入れが拡大しました。の崩壊は企業や金融機関、家計へ長く影響します。資産の値上がりと、実際に物やサービスを生む力を同じものとして考えないことが重要です。
景気の停滞、雇用の変化、財政と金融の政策は、世代や職業によって異なる経験を生みました。平均の数字だけでは、仕事を得にくい人や住居の負担を抱える人が見えません。何の数字を誰について比べるかを確かめることが、現代史にも必要です。
の終結は、日本の安全保障と外交の条件も変えました。湾岸戦争などをめぐり、国際協力をどう行うかが問われます。世界の対立が消えたわけではなく、地域の戦争や難民、貧困の課題は続きました。日本の政策を世界の変化の中へ置いて読みます。
企業の生産と資金、通信、人々の移動は国境を越えて広がりました。は、すべての社会が同じ生活になることではありません。仕事の機会と、国際市場の変動を受ける負担が同時に増えます。国内の暮らしと遠い地域の出来事のつながりを考えましょう。
1995年の阪神・淡路大震災では、地域の救助と復興に市民やボランティアが関わりました。行政の仕事と市民の活動は、互いに補いながら課題を明らかにします。災害を被害の数字だけで語らず、住居、仕事、孤立、記憶の継承まで見る必要があります。
家族や働き方、地域の人口、情報の使い方も変化しました。時代の名称が昭和から平成へ変わることと、生活の仕組みが一度に変わることは別です。身近な物や家族の記録も、社会の変化を知るになります。次の章では、現代を学ぶための問いとの読み方を整理します。
資源価格の変化が、生産、物価、生活へ影響しました。
資産価格と借入れの変化が、企業と家計へ長く影響します。
復興には行政、地域、市民の活動と長い生活の再建が必要でした。
本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。
1948年
小説『人間失格』で人間関係や自己の苦悩を描いた
昭和期の小説家で、『走れメロス』『斜陽』なども知られます。語り手の告白や、人間の弱さを描く表現が特徴です。作品の人物と作者自身をすべて同一視することはできません。戦前から戦後へ社会が大きく変わる中での文学として位置付けましょう。
1968年
日本人初のノーベル文学賞を受賞した
『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』などを書いた小説家です。感覚的な描写や、日本の美意識に関わる表現で知られます。文学賞の受賞だけでなく、具体的な作品と特徴を結び付けて学びましょう。湯川秀樹は物理学賞、川端康成は文学賞という分野の違いも重要です。
1994年
『個人的な体験』などを書き、1994年にノーベル文学賞を受賞した
戦後の日本文学を代表する作家の一人です。『個人的な体験』などで家族や障害、社会との関係を考えました。平和や核の問題についても発言しました。川端康成とは作品の時代や表現が異なります。賞の名前だけでなく、作品で扱う問題から理解しましょう。
1973年
第四次中東戦争。トイレットペーパー買い占め騒動。
1991年頃
株価・地価の暴落。「失われた10年」の始まり。
円高→金融緩和→バブル経済
1985年。1990年前後にバブル崩壊。
急激な円高→内需拡大策→バブル経済
G5で合意。1ドル=240円→120円台に。
1990年代の長期経済低迷
不良債権問題・デフレ・雇用悪化。のち「失われた20年」「30年」とも。
トイレットペーパー買い占め・省エネ・高度成長の終焉
1973年。原油価格が約4倍に。狂乱物価。
日経平均株価38,915円(1989年12月29日)
史上最高値。翌年から暴落。土地バカ・財テクブーム。
細川護熙
日本新党。非自民8党派の連立政権。政治改革を推進。
日銀の金融引き締め(公定歩合引き上げ)と総量規制
1990年。株価・地価が暴落。不良債権問題。
1992年
カンボジアPKO。国際貢献の第一歩。
1973年のオイルショック
原油価格が4倍に。トイレットペーパー買い占め。年平均成長率が急低下。
G5(日・米・英・仏・西独)
1985年。ニューヨークのプラザホテルで合意。ドル安誘導。
湾岸戦争での「人的貢献なし」批判→PKO協力法
1991〜92年。「小切手外交」からの脱却を目指した。
戦後初のマイナス成長(-1.2%)
1974年。高度経済成長の終焉。
ドル安(円高)への協調介入
1985年。G5。急激な円高→バブル経済の遠因。
カンボジア
1992年。国連平和維持活動への参加。戦後初の本格的海外派遣。
大江健三郎
1994年に受賞した。
長期不況(「失われた10年」)
不良債権問題が金融機関の経営を圧迫し続けた。
プラザ合意
円高不況対策の金融緩和が、のちのバブル経済につながった。
第一次石油危機(オイルショック)
日本ではトイレットペーパー買い占め騒動が起き、高度経済成長が終焉した。
第二次石油危機
日本は省エネルギー技術の発展で比較的うまく乗り切った。
日米貿易摩擦
自動車の対米自主規制などの措置がとられた。
本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。
1973年
第四次中東戦争。トイレットペーパー買い占め騒動。
1991年頃
株価・地価の暴落。「失われた10年」の始まり。
円高→金融緩和→バブル経済
1985年。1990年前後にバブル崩壊。
急激な円高→内需拡大策→バブル経済
G5で合意。1ドル=240円→120円台に。