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第3部 · 第14章

戦国大名と海を渡る人々

15世紀末〜16世紀 / 城下町・港・東アジア

用語集
この章の目次
  1. 地域を治める
  2. 村の選択と一揆
  3. 鉄砲とキリスト教
  4. 世界の航路と日本
  5. 年表
  6. 人物・重要事項
  7. 理解を確かめる

場所をつかむ

PLACE & HISTORY城下町・港・東アジア
戦国大名と海を渡る人々の主な地域九州1 種子島12 山口23 堺34 一乗谷4北約200 km
  1. 1種子島
  2. 2山口
  3. 3堺
  4. 4一乗谷

地点の位置関係を示す地図です。海岸線は現代の地形資料に基づき、当時の海岸線・国境・支配領域を表すものではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。

背景から変化へ

  1. 背景地域の争いとアジアの海上交流が広がる
  2. 展開 →大名が領国を整え、新しい技術や信仰を受け入れる
  3. 結果 →城下町と商業、軍事の供給が結び付く

考える視点:戦う力を支えた生産と交渉は何だったか

1. 地域を治める

戦国大名は軍事力を持つだけでなく、土地、税、裁判、交通を管理しました。は領国の秩序を整える手がかりです。家臣や村、寺社の協力を得なければ、戦争を続けることはできません。戦国時代を合戦の勝敗だけで読むと、国を運営する仕事が見えなくなります。

城下町には家臣や商人、職人が集まり、支配の中心と市場が結び付きました。道路や河川、港は軍事と経済の双方に重要です。大名の強さは兵の数だけではなく、必要な物を生産し、集め、運べる仕組みにも支えられました。

2. 村の選択と一揆

村の人々は大名の命令に従うだけでなく、共同で交渉し、土地や負担をめぐって争いました。一向一揆には信仰、地域の組織、武士の利害が重なります。宗教だけで集団の行動を説明せず、誰が参加し、生活の何を守ろうとしたかを考えます。

下剋上という言葉は、身分や家の秩序が揺れる動きを表しますが、誰もが自由に出世できた意味ではありません。既存の家や権威を利用する人もいました。新しい勢力と古い制度が併存する姿を読むと、戦国社会の複雑さが見えてきます。

3. 鉄砲とキリスト教

1543年の種子島への鉄砲伝来は、海上の交易が軍事技術を伝える例です。国内の職人が製造し、火薬や弾を供給する仕組みが広がって、戦いの方法へ影響しました。一本の鉄砲が来ただけで全国の戦争が変わったのではありません。

1549年に来日したフランシスコ・ザビエルらはキリスト教を伝えました。宣教師の活動と南蛮貿易は関わりましたが、信仰と商業は同じ目的ではありません。受け入れる大名や人々には異なる事情があり、従来の寺社との関係も変化しました。

4. 世界の航路と日本

ポルトガル船などは既存のアジアの交易網を利用し、日本の銀や商品を広い市場へ結びました。港には日本人だけでなく、中国人商人など多様な人々が関わります。「日本とヨーロッパ」の二者だけで交流を描くと、その間をつないだ人々が見えません。

琉球、朝鮮、中国との関係も続きました。海は境界であると同時に、物や情報を運ぶ道でした。次の章では、国内の統一が土地や武器の管理を変え、海外への軍事行動にもつながる過程を見ていきます。

年表で流れを確かめる

  1. 15世紀末〜16世紀
    戦国大名の領国支配

    法、城下町、土地や流通の管理が、軍事を支えます。

  2. 1543年
    種子島への鉄砲伝来

    伝わった技術は国内で製造と供給の仕組みを伴って広がりました。

  3. 1549年
    ザビエルの来日

    布教と海上交流が、地域の政治や信仰に関わります。

人物・重要事項を調べる

本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。

武田信玄

1561年

甲斐を基盤に勢力を広げ、上杉謙信と川中島で争った

戦国大名として領国の支配や軍事力の整備を進めました。信濃への進出は上杉氏との対立につながります。川中島の戦いは複数回あり、1561年の戦いが特に知られます。「風林火山」で有名ですが、軍事だけでなく治水や領国経営にも目を向けましょう。

上杉謙信

1561年

越後を基盤とし、武田信玄と川中島で争った

戦国時代の有力大名で、関東の政治にも関わりました。長尾景虎から上杉の姓を継ぎ、関東管領の地位を受け継ぎます。信玄との一騎打ちなどには後世の伝承が含まれるため、史実と物語を区別しましょう。対立の背景には信濃の支配をめぐる争いがありました。

「下剋上」の意味は?

下の身分の者が上の者を倒して権力を握ること

戦国時代を象徴する言葉。

守護大名から戦国大名への変化の特徴は?

実力で領国を支配し独自の法(分国法)を制定

今川仮名目録、朝倉敏景十七箇条など。

キリスト教を日本に伝えた人物は?

フランシスコ・ザビエル

1549年。鹿児島に上陸。イエズス会の宣教師。

戦国時代の「分国法」の例は?

今川仮名目録・甲州法度之次第

戦国大名が独自に領国を統治する法律。

石山合戦で信長と対立した勢力は?

本願寺(一向一揆)

1570〜80年。約10年間の長期戦。

武田信玄の軍法書は?

甲州法度之次第(信玄家法)

武田氏の分国法。「人は城、人は石垣」の精神。

上杉謙信の別名は?

越後の龍

武田信玄との川中島の戦い(5回)が有名。義を重んじた。

北条早雲の本名は?

伊勢宗瑞

戦国大名の先駆け。小田原を拠点に関東に勢力拡大。

戦国時代の「分国法」の特徴は?

戦国大名が独自に制定した領国支配の法律

喧嘩両成敗の規定など。今川仮名目録が代表。

戦国時代の「一向一揆」が最も強力だった地域は?

加賀(石川県)

1488年。守護・富樫氏を倒し、約100年間門徒が自治。

「種子島」に鉄砲が伝来した際の日本側の反応は?

島主が2挺を購入し、すぐに国産化を試みた

1543年。日本人の技術吸収力の高さ。

戦国時代の「分国法」の代表例は?

今川仮名目録・甲州法度之次第

戦国大名が独自に領国を統治する法律。喧嘩両成敗など。

戦国時代の「分国法」で喧嘩両成敗を定めたのは?

今川仮名目録など複数の分国法

喧嘩の当事者双方を処罰する。秩序維持のため。

「美濃のマムシ」と呼ばれ、下剋上で国主となった戦国大名は?

斎藤道三

娘婿の織田信長にその才を見込んだと伝わる。

守護の代理として領国に常駐し、下剋上の担い手ともなった役職は?

守護代

越後の長尾氏、尾張の織田氏などが典型。

1488年、加賀の一向一揆に攻められ自害した守護は?

富樫政親

以後約100年、加賀は「百姓の持ちたる国」と呼ばれた。

伊豆を奪い、後北条氏の祖となった戦国大名は?

伊勢盛時(北条早雲)

下剋上によって戦国大名化した草分け的存在とされる。

甲斐の守護から戦国大名化し、武田信玄の父にあたる人物は?

武田信虎

領国統一を進めたが、子の信玄に追放された。

越後の守護代から戦国大名となり、のちに上杉謙信と名乗った人物の初名は?

長尾景虎

関東管領上杉憲政から上杉の名跡と職を譲られた。

理解を確かめる

本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。

「下剋上」の意味は?

下の身分の者が上の者を倒して権力を握ること

戦国時代を象徴する言葉。

守護大名から戦国大名への変化の特徴は?

実力で領国を支配し独自の法(分国法)を制定

今川仮名目録、朝倉敏景十七箇条など。

キリスト教を日本に伝えた人物は?

フランシスコ・ザビエル

1549年。鹿児島に上陸。イエズス会の宣教師。

戦国時代の「分国法」の例は?

今川仮名目録・甲州法度之次第

戦国大名が独自に領国を統治する法律。

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