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第1部 · 第3章

古墳とヤマト王権

3〜6世紀 / 近畿・各地の古墳・朝鮮半島

用語集
この章の目次
  1. 大きな墓を作る社会
  2. 王権と豪族
  3. 朝鮮半島とのつながり
  4. 文字と祈り
  5. 武人の姿から古墳の社会を考える
  6. 年表
  7. 人物・重要事項
  8. 理解を確かめる

場所をつかむ

PLACE & HISTORY近畿・各地の古墳・朝鮮半島
古墳とヤマト王権の主な地域1 百舌鳥古墳群12 奈良盆地23 朝鮮半島南部3北約100 km
  1. 1百舌鳥古墳群
  2. 2奈良盆地
  3. 3朝鮮半島南部

地点の位置関係を示す地図です。海岸線は現代の地形資料に基づき、当時の海岸線・国境・支配領域を表すものではありません。地形:Natural Earth(Public Domain)。

背景から変化へ

  1. 背景地域の有力者が大陸と列島の交流へ関わる
  2. 展開 →古墳と氏族の関係が権威を表す
  3. 結果 →ヤマト王権と各地の首長のつながりが広がる

考える視点:大きな墓は、どんな人の仕事に支えられたか

1. 大きな墓を作る社会

は、近畿を中心に各地へ広がりました。墳丘を築き、石や土を運び、埴輪を作るには、多くの人と物を動かす必要があります。墓の大きさは支配者の力を示す手がかりですが、実際にどう命令し、食料を配り、作業を整したかまで考えると、政治の仕組みが見えてきます。

副葬品の鏡、武器、馬具などは、権威の表現と交流を伝えます。古墳の形や出土品が似ていることは、支配者同士の関係を考える材料です。ただし、同じ形の墓があるからといって、すべての地域が一つの中央政府に同じ強さで支配されていたと結論できるわけではありません。

2. 王権と豪族

は有力な豪族との関係を通じて力を広げました。大王の権威と、各豪族が持つ土地・人々・技術の力が結び付きます。は氏族の位置や役割を表す仕組みとして重要でした。後の国家のように役所が全国を同じ制度で管理する段階とは区別します。

支配者の交代や勢力の再編は、古墳の分布にも表れます。古代の政治を、天皇の名前が順番に並ぶだけの歴史にしないようにしましょう。地域の首長が中央と関係を結ぶことで何を得たのか、中央は地域の人や資源にどう依存したのかという双方向の関係が大切です。

3. 朝鮮半島とのつながり

朝鮮半島の高句麗・百済・新羅や加耶諸国との関係は、軍事、外交、技術の移動に関わりました。渡来人は金属加工、土器、文字などの知識を伝えます。須恵器や馬具が増える背景を、列島の内部だけでは説明できません。技術を扱える人々の存在が政治や生産を支えました。

倭の五王による中国への遣使も、国際的な権威の獲得に関わりました。中国の王朝が記した称号と、列島で実際に行われた支配は同じものではありません。外交文書には相手に認めてほしい立場が表れます。文書の主張と、遺跡や遺物から確かめられることを照らし合わせます。

4. 文字と祈り

鉄剣や鉄刀の銘文は、王と有力者の関係を読む重要なです。人名や系譜が記される一方、文字を読み書きできた人は限られていました。文字の使用は、命令、記録、権威を支える新しい力になります。記録が残る人の姿だけで、社会の全員を説明しないことも必要です。

古墳時代の儀礼や葬送は変化し、後には仏教も伝わります。新しい信仰が従来の儀礼をただ消したわけではありません。豪族の競争、外交、王権の再編と結び付いて受容が進みました。次の章では、仏教と東アジアの情勢が政治をどう変えたかをたどります。

年表で流れを確かめる

  1. 3世紀後半頃〜
    前方後円墳の広がり

    墳墓の形と副葬品から、首長同士の関係を考えます。

  2. 5世紀
    倭の五王の遣使

    中国への使節と称号が、外交と政治的な権威に関わります。

  3. 5〜6世紀
    文字や技術の利用

    銘文、須恵器、馬具などが、大陸との交流と社会の変化を示します。

史料を読み解く

甲冑を着けた武人をかたどる埴輪。頭部、胴部、腕と脚の形が見える。
武人埴輪。6世紀、日本。メトロポリタン美術館蔵。
The Metropolitan Museum of Art, The Michael C. Rockefeller Memorial Collection, Gift of Mrs. John D. Rockefeller III, 1958
Haniwa Figure of a Warrior · CC0(MET Open Access)
6世紀の造形資料。絵画や写真ではなく、古墳に関わる埴輪です。

武人の姿から古墳の社会を考える

この埴輪は6世紀の武人を表す造形資料です。衣装や装備、姿勢を観察すると、作り手が表そうとした人物像を考えられます。ただし、一体の像からすべての人の装備や暮らしを説明することはできません。

この像だけから当時の軍隊の人数が分かるでしょうか?

分かりません。表された装備や人物像は検討できますが、人数や組織は別の遺跡や文書、遺物と照合する必要があります。

造形と文字の史料を比べる

資料考えられること確かめる必要があること
埴輪姿、装備、作り手の表現配置、用途、他の埴輪や古墳との関係
鉄剣などの銘文文字で記された人名や関係誰が何のために記したか、記述を裏付ける資料

異なる性質の資料を組み合わせると、一つの資料だけの説明の限界を補えます。

人物・重要事項を調べる

本文を読んだ後の復習や、言葉を調べるときに使えます。

「国造」とは?

地方の豪族がヤマト政権から任命された地方官

出雲国造のように世襲された例も多い。

「屯倉」とは?

ヤマト政権の直轄地

各地に設置され、政権の経済基盤となった。

「部民制」とは?

特定の職能集団をヤマト政権に奉仕させる制度

品部(しなべ)・田部・馬飼部など。姓と結びつく。

「渡来人」が日本にもたらしたものは?

須恵器・機織り・漢字・儒教・仏教

秦氏・東漢氏・西文氏など。飛鳥文化の担い手。

ヤマト政権の「ミヤケ」とは?

大王の直轄地(屯倉)

各地に設置。政権の経済基盤と地方支配の拠点。

稲荷山古墳出土の鉄剣に刻まれた大王名は?

ワカタケル大王(雄略天皇)

5世紀。大和政権の支配が関東にまで及んでいた証拠。

渡来人が日本に伝えた技術は?

須恵器・機織り・漢字・仏教・土木技術

朝鮮半島や中国大陸から渡来。

理解を確かめる

本文を閉じて、この章の「背景 → 展開 → 結果」を自分の言葉で説明してみましょう。誰にどんな変化があったかも加えると、説明が具体的になります。

「国造」とは?

地方の豪族がヤマト政権から任命された地方官

出雲国造のように世襲された例も多い。

「屯倉」とは?

ヤマト政権の直轄地

各地に設置され、政権の経済基盤となった。

「部民制」とは?

特定の職能集団をヤマト政権に奉仕させる制度

品部(しなべ)・田部・馬飼部など。姓と結びつく。

「渡来人」が日本にもたらしたものは?

須恵器・機織り・漢字・儒教・仏教

秦氏・東漢氏・西文氏など。飛鳥文化の担い手。

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