シルクコード図書館 · 小説社員ゼロの社長 · よし

社員ゼロの社長 · 著者 よし

第7章 AIという相棒

目次

翌朝、修一は昨夜作ったアプリを開いた。

 入力した項目が保存され、一覧に表示される。見たところは動いている。試しに同じ番号を二度入れると、後の方が前の方を消した。

 昨夜は、それを試していなかった。

 AIに聞くと、重複を確認する処理が必要だという。修一は、必要なら初めから入れてほしかったと思い、すぐに、初めから頼んでいなかったことに気づいた。

 千葉に何度も言われたことだった。

 何をするか。何をしてはいけないか。出来なかったとき、どうするか。

 修一は紙に書いてから指示を送った。返ってきた処理を読み、試す。完全な答えが一度で来るわけではないが、白い画面の前で止まる時間は短くなった。

 午前中に三つの修正が終わった。以前なら、問い合わせへの返信の間で一つ終えるのがやっとだった。

 修一は昼食を買いに外へ出た。歩きながら、新しく作れるものを考えた。

 人を雇えなかったから、終わりではない。

 最初に任せたのは、自分で書いた解説の整理だった。

 記事の見出しを並べ、同じ内容が重なるところを探す。古い説明と新しい説明の違いを示す。AIは速かった。ただし、書いていないことまで補うときがあった。

 修一は記事の根拠を確認し、元の文章と照らした。自分が知らない分野ほど、滑らかな説明を信じたくなる。ライターとして苦労して調べたころを思い出し、出典のない断定を消した。

 書く時間が短くなれば、調べる時間も短く出来ると思っていた。実際には、調べる場所が変わることもあった。

 それでも、作る量は増えた。

 アプリの説明を整え、ブログを更新し、途中で止まっていた解説コンテンツを仕上げた。読まれるものと読まれないものの差は消えなかった。作れることと、欲しがられることは別だった。

 修一は売上の表の隣に、費用の表を開いた。AIの利用料が増えている。人を雇う給与とは違うが、使えば使うほど必要な金も増える。

 早瀬が言った。

「何を減らせて、何が増えたかを見ましょう」

 修一は、速く作れたという話だけをするのをやめた。

 千葉の問い合わせ一覧は、分類を作る土台になった。

 顧客の名前や契約情報をそのまま外へ渡すわけにはいかない。修一は必要な扱いを確認し、まず個人や会社を識別できる部分を外した例を使った。実際の運用へ入れる前に、外部の専門家にも相談した。

 費用がかかると聞いたとき、安く済ませたい気持ちが先に来た。

 だが、会社の名前を預けてくれている利用者に、知らないまま別の場所へ情報を送らせることは出来なかった。

 回答候補が出来ると、修一が選び、直して送った。速くなったが、同じ答えを全部に返すことは出来ない。

 似た質問でも、契約の時期が違う。古い画面を使っている。相手の言う「確定」が、余白ノートの確定とは違う。

 AIに間違いを指摘すると、謝罪のような文が返る。修一は初めのうち、気分が楽になった。相手が納得した気がしたからだった。

 何度か繰り返すと、文が丁寧になっても同じ間違いが残ると分かった。

 返事の礼儀と、仕事の確かさは同じではなかった。

 余白ノートへ書類の照合を組み込んだのは、その年の秋だった。

 見積書と作業記録を読み、違うところを示す。初めは、請求の金額を決めるものにはしなかった。判断を助ける候補を表示し、人が確かめる。

 宮本に試してもらうと、便利だというより先に、困るところが出た。

「この『確認済み』って、誰が確認したの」

「AIが照合したという意味です」

「じゃあ、確認済みじゃなくて、照合した、でしょう」

 修一は画面の文字を変えた。

 別の会社では、同じ案件名を毎月使っていた。AIが先月の作業記録を、今月の見積と結び付けた。

「番号も見てるはずなんですけど」

 修一はそう言ってから、番号が文書の画像で読みづらかったことを見つけた。読めないとき、止まるようにしていなかった。

 似た名前を選んだAIの誤りであり、選べてしまう形にした修一の誤りでもあった。

 確認できない項目は空白にし、元の書類を隣に表示した。利用者の手は少し増える。

 宮本は、増えた作業を嫌がらなかった。

「間違いを早く見つけるためなら、押すところが一つ増えてもいい」

 修一は、その言葉を記録した。

 外部の人と仕事をすることも増えた。

 基盤の保守を頼み、決まった範囲の監視を頼み、セキュリティの確認を頼んだ。顧客の数が増えると、導入の説明をする会社とも契約した。

 社員ではないから、説明しなくても分かるわけではなかった。仕事の範囲が曖昧なら、見積もりも曖昧になる。頼んでいないことは、頼んだことにはならない。

 最初の監視の契約で、修一はそれを思い知った。

 夜、処理が遅くなった。外部の担当から連絡が来たが、復旧の作業は契約の範囲に入っていなかった。修一は自分で対応し、翌日、相手に不満を伝えた。

「連絡が来るだけなら、通知でも出来ます」

 担当者は契約の紙を開いた。

「こちらで作業するには、権限と手順が必要です。どちらも、まだいただいていません」

 修一は紙を見た。相手が勝手に直せば、それはそれで怒っただろう。

「そこを、決めましょう」

 言うまでに少し時間がかかった。

 人間関係がなくなったのではない。どこまで頼み、どこから自分で責任を持つかを、以前より書けるようになっただけだった。

 修一は、社員のいない会社の説明を作った。

 開発はAIの支援を使う。日々の案内は、自分と外部の運用支援で行う。重大な判断は修一がする。

 書いてみると、自分がすることはまだ多かった。

 ただ、千葉と働いていたときのように、相手の一日全てを自分が決めることはない。相手は別の顧客とも仕事をする。修一は、自分だけを最優先にしてほしい気持ちを、契約に出来る部分と出来ない部分に分ける必要があった。

 仕事を頼む値段が高いと感じた夜、千葉の給与を思い出した。社員ならもっと頼めたのではないか。その考えが浮かんで、自分の仕事の説明不足は安くならないと気づいた。

 外部の担当から、来月の予定について返信が来た。

〈その期間は、追加の作業は受けられません〉

 修一は別の日を選んだ。相手の自由が、自分の予定を変える。

 少し不便だった。その不便を認めた方が、仕事は進んだ。

 余白ノートを試していた会社から、大きな契約の話が来た。

 複数の拠点で使いたいという。導入が決まれば、売上が増えるだけでなく、ほかの会社への説明にもなる。

 商談の席で、担当者が言った。

「チェックする人が足りないから使うんです。最後に全部を人が見ていたら、減る時間が少ない」

 修一は、照合が済んだあと確認する項目を示した。

「重要な条件だけは、確かめていただきたいんです」

「普通の案件は、そのまま進められませんか」

 普通という言葉には、会社ごとの事情が入っていなかった。

 修一は聞き返した。どの条件なら同じ扱いでよいか。どの金額なら確認を残すか。取り消せるところはどこか。

 担当者は答えられるものと、現場に確認しなければ分からないものを分けた。

 その場で全部を約束しなかったことは、修一にも成長だと思えた。

 帰宅して契約の売上を計算すると、少し気が変わった。

 出来るだけ早く提供したい。慎重な会社なら、自動化を使わなければよい。使いたい会社が自分で選ぶなら、問題は小さいのではないか。

 考えは、少しずつ都合のよい方へ傾いた。

 試験用の案件では、よく動いた。

 同じ種類の書類、同じ番号のつけ方、決まった契約の条件。修一が用意した例は、修一の知っている範囲で揃っていた。

 間違いの割合は小さく見えた。だが、どんな間違いかを一件ずつ見ると、金額に関わるものが混じっていた。

 修一はその例を直し、また試した。直した例は通る。

 その繰り返しを、全体の確かさが増したと受け取った。

 外部の確認担当は、まだ試していない種類の案件も見るべきだと言った。修一は次の段階で行うと返した。

 次の段階より先に、商談の期限が来た。

 自動処理は選択制にする。初期は停止している。利用者が条件を確かめて有効にする。修一は、その説明を何度も読んだ。

 顧客に選んでもらうことと、顧客が選べるだけの情報を示すことは別だったが、その違いは紙の上で見えにくかった。

 宮本は自動処理を使わなかった。

「うちは、まだ見たいから」

 修一は了承した。導入先のすべてが同じでないのだから、それでよいと思った。

 その夜、作業の画面を閉じると、家の時計は一時を回っていた。

 真紀は眠っていた。食卓に、翌朝食べるパンが置いてある。

 修一は、今日作ったものの一覧を見た。千葉がいたときより、速く進んだ。昔なら一週間かかったことが、一日で終わっていた。

 空いた時間はなかった。終わった分だけ、次に出来る仕事を始めたからだった。

 AIに、新しい処理の案を求めた。待つ間、台所で水を飲む。戻ると、画面にはもう返事があった。

 相棒。

 修一は頭の中でそう呼んだ。人間のように喜ばないことを知っていたし、自分の会社を守りたいわけでもないと分かっていた。

 それでも、一人で机に向かっている夜には、返事が来ることが有り難かった。

 契約先へ送る文を開いた。

〈一定の条件を満たす案件では、確認の手順を省略する設定を提供できます〉

 最後に、出来ない場合を足そうとした。長くなれば相手が読みづらい。詳細は別のページへ移した。

 送信した。

 返事は翌朝まで来ない。それなのに修一は、また新しい作業を始めた。

 誰かの返事を待たなくてよくなった分、自分が止まる理由を、一つなくしていた。

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この作品はフィクションです。経験を出発点に人物・企業・出来事を創作・再構成しています。将来の成功を描く部分は創作であり、実際の業績を示すものではありません。