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共通テスト模試 歴史総合・日本史探究 第1回・問題と解説

問1:二つの条約の要約と既習事項を踏まえた考察として最も適切なものを選べ。

条約体制の比較(授業用要約)

資料A:1842年の南京条約で清は5港を開き、香港島を割譲した。翌年の追加条約ではイギリスの領事裁判権が認められた。
資料B:1858年の日米修好通商条約で日本は神奈川などを開港し、アメリカの領事裁判権を認めた。

  1. 中国と日本は、ともに開港と領事裁判権を伴う条約体制に組み込まれた。
  2. 清と日本は、この条約で同時に関税自主権を回復した。
  3. 中国の条約は日清戦争、日本の条約は日露戦争の結果である。
  4. 両条約は中国と日本の普通選挙を定めた。
正解と解説

正解:1.中国と日本は、ともに開港と領事裁判権を伴う条約体制に組み込まれた。

南京条約とその後の追加条約、日米修好通商条約は、ともに不平等条約体制の形成に関わる。関税自主権の制限と領事裁判権が特徴。時期はアヘン戦争後と幕末であり、日清・日露戦争より前。

問2:表から直接確認できることと、その背景として適切な説明の組合せを選べ。

アメリカの都市人口比率(%)

グラフの数値(都市人口の割合)
年比率
192051.2%
193056.2%
194056.5%

出典:U.S. Census Bureau, Statistical Abstract of the United States: 1955(当時の都市の定義)

  1. 1920〜1940年に都市人口の実数は必ず減った/農村からの移動が禁止された。
  2. 1930〜1940年の上昇幅が1920〜1930年より大きい/世界恐慌が都市化を加速させた。
  3. この表だけで世界恐慌と都市化の因果関係が証明できる/追加資料は不要である。
  4. 1920〜1940年に都市人口の割合は上昇した/工業化や人口移動との関連を調べる。
正解と解説

正解:4.1920〜1940年に都市人口の割合は上昇した/工業化や人口移動との関連を調べる。

51.2→56.2→56.5%なので都市人口比率は上昇したが、上昇幅は5.0ポイントから0.3ポイントへ縮小している。比率だけでは人口実数や原因を確定できず、産業構成・移住などの資料も必要。

問3:宣言の理念と当時の社会を比較する探究として最も適切なものを選べ。

権利の宣言(原文の引用ではなく授業用要約)

A:アメリカ独立宣言(1776年)は、人の平等と生命・自由などの権利を掲げた。
B:フランス人権宣言(1789年)は、自由・平等と主権の所在に関する原則を示した。

  1. 平等が宣言されたので当日に奴隷制が消滅したと結論付ける。
  2. 宣言はヨーロッパに革命思想が存在しなかった証拠とする。
  3. 平等の理念が、女性や奴隷状態の人々にどこまで適用されたかを検討する。
  4. 宣言を理由に、当時のすべての国で女性参政権があったと判断する。
正解と解説

正解:3.平等の理念が、女性や奴隷状態の人々にどこまで適用されたかを検討する。

理念の表明と制度・生活の実態は区別する必要がある。アメリカ独立後も奴隷制は存続し、政治参加には大きな制限があった。

問4:年表を使った説明として正しいものを選べ。

東アジアの改革年表

1860年代〜:清で洋務運動
1868年:日本で明治維新
1898年:清で戊戌の変法

  1. 洋務運動は明治維新の約半世紀後に始まった。
  2. 明治維新は、清で洋務運動が進められていた時期に起こった。
  3. 戊戌の変法の後、日本で明治維新が起こった。
  4. 日本と清は、いずれもこの年表の期間内に共和政へ移行した。
正解と解説

正解:2.明治維新は、清で洋務運動が進められていた時期に起こった。

洋務運動の開始は1860年代で、1868年の明治維新と時期が重なる。清が倒れる辛亥革命は1911年。日本と中国の近代化を同時代の動きとして比較できる。

問5:二つの資料を踏まえた説明として最も適切なものを選べ。

平和構想と講和の実際(授業用要約)

A:ウィルソンの十四か条は、国際協調や民族の問題に関する原則を掲げた。
B:大戦後、旧ドイツ領植民地などには委任統治が導入され、植民地支配はなお存続した。

  1. 十四か条によってすべての植民地が直ちに独立した。
  2. 平和構想と実際の講和体制の間には、民族自決の適用範囲などに隔たりがあった。
  3. 講和会議でアジア・アフリカの全住民に普通選挙が認められた。
  4. 国際連盟にアメリカが加盟したため、平和構想はすべて実現した。
正解と解説

正解:2.平和構想と実際の講和体制の間には、民族自決の適用範囲などに隔たりがあった。

第一次世界大戦後、民族自決の原則が唱えられた一方、植民地支配は広く存続した。掲げられた理念と実際の条約・支配体制を比較する視点が必要。

問6:この制度変更から読み取れることとして適切なものを選べ。

日本の普通選挙法(1925年、授業用要約)

衆議院議員の選挙について、満25歳以上の男子を対象とし、従来の納税資格を撤廃した。

  1. 納税額による条件は撤廃されたが、女性には選挙権が認められなかった。
  2. 性別・年齢を問わず日本の全住民に選挙権が認められた。
  3. 選挙権の拡大と同時に治安維持法が廃止された。
  4. この法律によって初めて帝国議会が設けられた。
正解と解説

正解:1.納税額による条件は撤廃されたが、女性には選挙権が認められなかった。

1925年の普通選挙法は満25歳以上の男性を対象とし、女性参政権は実現しなかった。同じ年に治安維持法も成立した。権利の拡大と統制の強化を合わせて捉える。

問7:次の問いを検証するために、最も適切な追加資料を選べ。「輸出額の減少が、養蚕に関わる日本の農家の暮らしにどう影響したか」。

生徒の調査メモ(編集部作成)

1929年に始まる世界恐慌の影響を調べると、日本の生糸輸出も打撃を受けたことが分かった。しかし輸出の統計だけでは、養蚕農家の生活の変化までは分からない。

  1. 同時期のアメリカ大統領の名前だけを並べた表
  2. 古代ローマの道路網だけを示す地図
  3. 戦後のテレビ普及率だけを示すグラフ
  4. 農家の繭販売額・家計・負債に関する同時期の記録
正解と解説

正解:4.農家の繭販売額・家計・負債に関する同時期の記録

生糸輸出という国際経済の変化と農家の生活を結ぶには、販売額・収入・負債など家計への影響を確かめる記録が必要。単に同時代の事実を集めるだけでは問いの検証にならない。

問8:年表から導ける考察として最も適切なものを選べ。

戦後の日本とアジア・アフリカ

1945年:国際連合発足
1947年:インド・パキスタン独立
1949年:オランダがインドネシアの主権を承認
1952年:サンフランシスコ平和条約発効、日本の主権回復
1955年:バンドン会議

  1. バンドン会議が原因となって、その後初めてインドが独立した。
  2. 国際連合の成立によって、1945年に世界の全植民地が独立した。
  3. 脱植民地化が進むなか、アジア・アフリカ諸国が協調を模索した。
  4. この期間には日本も新たにイギリスの植民地となった。
正解と解説

正解:3.脱植民地化が進むなか、アジア・アフリカ諸国が協調を模索した。

インド・インドネシアなどの独立後、1955年のバンドン会議では平和共存や反植民地主義などが話し合われた。出来事の順序と国際的な背景を結び付ける。

問9:資料AとBの比較として、最も適切な説明を選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:貝塚から貝殻・魚骨・獣骨や土器が出土した。
B:水田跡と、米の収穫に関わる道具が出土した。
問い:縄文時代と弥生時代の生活をどのように比較できるか。

  1. Aの時期には、どの地域にも集落が存在しなかった。
  2. Bは、すべての地域で同じ年に一斉に始まった変化を示す。
  3. 両時期の生業や生活の違いを、遺跡の分布や出土物から検討できる。
  4. 土器の形が分かれば、住民全員の名前も特定できる。
正解と解説

正解:3.両時期の生業や生活の違いを、遺跡の分布や出土物から検討できる。

縄文時代にも定住的な集落があり、弥生文化の広がりには地域差がある。遺物は生業や交流を考える根拠になるが、そこから分かる範囲を見極める必要がある。

問10:生徒の仮説を検証する方法として、最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

生徒:離れた地域に前方後円墳が築かれている。ヤマト政権と各地の有力者の関係を調べられるのではないか。

  1. 形が似ているので、すべて同一人物の墓だと断定する。
  2. 副葬品や築造時期、地域的な分布を合わせて比較する。
  3. 墳丘の形だけで、被葬者の名前を必ず決定できる。
  4. 後世の伝説だけを用い、発掘成果は参照しない。
正解と解説

正解:2.副葬品や築造時期、地域的な分布を合わせて比較する。

古墳の形や副葬品の共通性は政治的なつながりを考える手掛かりになる。ただし、個々の被葬者や支配関係は複数の根拠で検討すべきである。

問11:資料から考察する問いとして最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

渡来人は漢字・土木・金属加工などの技術や知識を伝えた。百済からは仏像や経典が伝えられた。

  1. 朝鮮半島の諸国との交流が、技術や宗教の受容にどう関わったか。
  2. 日本列島が古代を通じて一切の対外交流を持たなかった理由は何か。
  3. 仏教が中国や朝鮮半島を経由せず、西欧から直接伝わった証拠は何か。
  4. 古代に近代的な工場制機械工業が完成した理由は何か。
正解と解説

正解:1.朝鮮半島の諸国との交流が、技術や宗教の受容にどう関わったか。

渡来人や朝鮮半島の諸国との交流は技術・文化の伝来に関わった。仏教の公伝は百済との関係で捉える。資料が示す交流を前提に問いを立てる。

問12:資料A・Bを結び付けた説明として正しいものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:戸籍などに人々の身分・年齢などを記録する。
B:口分田の班給や、租・庸・調などの負担を定める。

  1. 戸籍が作られたため、土地の配分や徴税は不要になった。
  2. 租は都での軍事勤務だけを意味した。
  3. 庸・調は、近代の国会で毎年決定された所得税だった。
  4. 人々を登録する仕組みは、班田や負担を課す基礎となった。
正解と解説

正解:4.人々を登録する仕組みは、班田や負担を課す基礎となった。

律令国家は戸籍・計帳などを通じて人々を把握し、班田や課税・労役を行った。租は田にかかる稲の税で、庸・調などとは区別する。

問13:法令の内容とその影響について、適切な説明を選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

743年の法令は、新たに開墾した土地の永年私有を認めた。
生徒:なぜ国家が認めた開墾が、のちの荘園の拡大に関係するのだろう。

  1. この法令によって、直ちに全国の荘園がすべて廃止された。
  2. この法令は江戸幕府が年貢を金納にするために出した。
  3. 開墾地の私有を一切認めないことが法令の中心だった。
  4. 開墾の促進を意図する一方、貴族や寺院による土地所有の拡大にもつながった。
正解と解説

正解:4.開墾の促進を意図する一方、貴族や寺院による土地所有の拡大にもつながった。

743年の墾田永年私財法は、開墾地の永年私有を認めた。開墾の促進という政策目的と、私有地・荘園拡大への影響を区別して考える。

問14:系図の情報と既習事項を結び付けた説明として正しいものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

藤原氏の有力者の娘が天皇の后となり、その子が天皇になった例が見られる。藤原道長・頼通の時代に摂関政治は全盛期を迎えた。

  1. 藤原氏は必ず自ら天皇に即位することで政権を維持した。
  2. 摂政と関白は鎌倉幕府が初めて設置した役職だった。
  3. 天皇の外戚となることが、摂関政治の有力な基盤となった。
  4. 婚姻関係は政治と無関係であり、系図を調べる必要はない。
正解と解説

正解:3.天皇の外戚となることが、摂関政治の有力な基盤となった。

藤原北家は娘を天皇の后とし、その子の外祖父などとして摂政・関白の地位を得た。系図は親族関係と権力の結び付きを考える資料になる。

問15:資料A・Bがともに認められた荘園の特徴として正しいものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:国衙へ納める租税の免除が認められる。
B:国衙の役人の立入りが制限される。
生徒:こうした権利を、不輸・不入という言葉と結び付けて整理したい。

  1. 全国のすべての農民が、あらゆる負担から解放された。
  2. 国衙による課税や立入りが制限される権利を持った。
  3. 荘園の領主は、必ず朝廷の役職をすべて辞任した。
  4. 領主が持つ権利は、近代の普通選挙で毎年決められた。
正解と解説

正解:2.国衙による課税や立入りが制限される権利を持った。

不輸は国衙への租税の免除、不入は国衙の役人の立入りの制限を意味する。荘園でも領主への年貢などの負担はあり、「すべての負担がなくなる」とは言えない。

問16:職務の説明と役職の組合せとして正しいものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:国ごとに置かれ、軍事・警察の役割を担う。
B:荘園・公領に置かれ、年貢徴収や土地管理などに関わる。

  1. A=守護、B=地頭
  2. A=地頭、B=守護
  3. A=関白、B=守護
  4. A=守護、B=関白
正解と解説

正解:1.A=守護、B=地頭

守護は国ごとの軍事・警察など、地頭は荘園・公領での年貢徴収や土地管理などに関わった。いずれも鎌倉幕府による地方支配の要となった。

問17:生徒の疑問への説明として最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

生徒:元寇で戦った御家人の中に不満が生まれたのはなぜだろう。御恩と奉公の関係から考えてみよう。

  1. 防衛戦では新たな所領を獲得しにくく、戦功に見合う恩賞の確保が難しかった。
  2. 御家人は平時からいかなる奉公も負っていなかった。
  3. 戦いの直後、日本列島のすべての土地が新たに拡大した。
  4. 御家人は土地の権利に関心を持たず、恩賞を求めることもなかった。
正解と解説

正解:1.防衛戦では新たな所領を獲得しにくく、戦功に見合う恩賞の確保が難しかった。

元寇は外敵への防衛戦であり、幕府が新たに得た土地を恩賞に回すことが難しかった。戦費負担と恩賞の不足は御家人の不満につながった。

問18:資料の制度を導入した目的として適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

明との貿易では、割符を照合して船の資格を確認した。日本側の船は、この証明を持って明へ渡った。

  1. 朝鮮半島との交流をすべて禁止する。
  2. 日本の大名が明の皇帝に即位する資格を定める。
  3. オランダだけに長崎での貿易を認める。
  4. 正式な通交による船と倭寇などを区別し、貿易を管理する。
正解と解説

正解:4.正式な通交による船と倭寇などを区別し、貿易を管理する。

勘合は日明貿易で正式な貿易船であることを確認するために使われた。足利義満の時代に始まる日明貿易と、倭寇への対応を関連付ける。

問19:この史料を評価する説明として最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

戦国大名などが、特定の町で座の特権や市場の負担を免除する命令を出した。
問い:命令があることと、その政策の効果は、どう区別して調べるべきか。

  1. この命令だけで、全国の座が同じ日に一斉に消滅したと断定できる。
  2. 命令が出たことは、対象の町で商業が存在しなかった証拠である。
  3. 流通を活発にする意図を読み取れるが、実施の範囲や効果は他の記録でも確かめる。
  4. この政策は、全国で米の売買を一切禁止することを目的とした。
正解と解説

正解:3.流通を活発にする意図を読み取れるが、実施の範囲や効果は他の記録でも確かめる。

楽市・楽座は商業振興に関わる政策だが、地域や時期によって内容は異なる。法令の意図と、実際の実施・効果を区別する。

問20:検地と支配の関係について、適切な説明を選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

豊臣政権の検地では、田畑の面積や等級などを調べ、収穫量を米の量に換算して石高で示し、耕作者を記録した。

  1. 土地の生産力を調べずに、身分を一切問わない普通選挙を実施した。
  2. 田畑の生産力と耕作者を把握し、年貢を課す基礎を整えた。
  3. 石高制を廃止し、すべての土地を無税にした。
  4. 田畑の測量は、明治政府が初めて日本で行った。
正解と解説

正解:2.田畑の生産力と耕作者を把握し、年貢を課す基礎を整えた。

太閤検地は土地の面積・等級・耕作者を把握し、石高による支配を進めた。刀狩などの政策とも合わせ、兵農分離の進展に関係する。

問21:制度が幕藩体制に果たした役割として適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

江戸時代、大名は江戸と領国を定期的に往復し、江戸に滞在した。移動には家臣らを伴い、街道や宿場を利用した。

  1. 大名は領国を永久に放棄し、藩はすべて廃止された。
  2. 大名を江戸に定期的に出仕させ、幕府との主従関係を維持する仕組みとなった。
  3. この制度で将軍は毎年すべての藩に交代で移住した。
  4. 大名の家族を必ず海外へ移住させる制度だった。
正解と解説

正解:2.大名を江戸に定期的に出仕させ、幕府との主従関係を維持する仕組みとなった。

参勤交代は大名が江戸と領国を往復し、妻子を江戸に住まわせるなどして、幕府の統制を支える制度となった。往来は街道や宿場の発達にも関係した。

問22:資料から、江戸時代の対外関係について適切に説明したものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

長崎:中国・オランダとの通商
対馬:朝鮮との関係
薩摩:琉球王国との関係
松前:アイヌとの交易など

  1. 交流は特定の窓口で管理され、海外との関係が完全に途絶えていたわけではない。
  2. 日本はこの時期、すべての外国との接触を完全に断っていた。
  3. 中国との通商は松前藩だけを通して行われた。
  4. 朝鮮との外交は琉球王国だけが担当した。
正解と解説

正解:1.交流は特定の窓口で管理され、海外との関係が完全に途絶えていたわけではない。

長崎・対馬・薩摩・松前などを窓口に通商や外交、交易が行われた。「鎖国」を海外との完全な断絶と捉えないことが大切。

問23:資料を基に設定する調査の問いとして最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

諸藩は大坂に蔵屋敷を設け、年貢米などを保管・販売した。商人が売買や資金の取扱いに関わった。

  1. 大坂で商人が活動しなかった理由は何か。
  2. 諸藩が年貢米を一切販売しなかった証拠は何か。
  3. 大坂が奈良時代に全国の廃藩置県を実施した理由は何か。
  4. 諸藩の年貢米の販売と、大坂の商業・金融の発達はどう関係したか。
正解と解説

正解:4.諸藩の年貢米の販売と、大坂の商業・金融の発達はどう関係したか。

大坂は年貢米などが集まる商業の中心となった。蔵屋敷・蔵元・掛屋などの役割や、流通・金融との関係を調べるとよい。

問24:活動の特徴として最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

杉田玄白らは人体の観察と西洋の解剖書を照らし合わせ、オランダ語の書物の翻訳を進めた。

  1. 西洋の文献を一切参照せず、人体の観察も禁止した。
  2. 杉田玄白らは、唐の律令を初めて日本に導入した。
  3. 海外の学術と観察を照合し、新しい知識の受容を進めた。
  4. オランダ語を通じた学問は、第一次世界大戦後に初めて始まった。
正解と解説

正解:3.海外の学術と観察を照合し、新しい知識の受容を進めた。

杉田玄白・前野良沢らはオランダ語の解剖書を翻訳し、1774年に『解体新書』を刊行した。蘭学は幕末以前から進められた。

問25:出来事を古い順に並べたものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:ペリーの来航
B:日米和親条約
C:日米修好通商条約

  1. B→A→C
  2. C→B→A
  3. A→B→C
  4. A→C→B
正解と解説

正解:3.A→B→C

ペリーの来航は1853年、日米和親条約は1854年、日米修好通商条約は1858年。来航・開港・本格的な通商の展開を区別する。

問26:資料A・Bの共通点を説明したものとして最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:地租改正では、地価を基準に土地所有者へ金納の税を課した。
B:徴兵令では、国民に兵役の義務を課す仕組みを設けた。

  1. どちらも、藩による独自の徴税・軍事権を永久に保障した。
  2. 近代国家を支える財政や軍事の仕組みを、全国的に整えようとした。
  3. どちらも、土地所有者への課税と国民への兵役をすべて廃止した。
  4. どちらも、江戸幕府が参勤交代を始めるための法令である。
正解と解説

正解:2.近代国家を支える財政や軍事の仕組みを、全国的に整えようとした。

地租改正は財政基盤、徴兵令は近代的な軍制の整備に関わる。藩ごとに異なっていた仕組みから、中央政府が担う制度への転換として考える。

問27:二つの制度の比較として適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

A:1889年、大日本帝国憲法が発布された。
B:1890年の衆議院議員総選挙では、満25歳以上の男子で、一定額以上の直接国税を納める者に選挙権が認められた。

  1. 選挙と議会は設けられたが、当初の選挙権は性別・年齢・納税額で制限された。
  2. 憲法の制定と同時に、すべての女性にも同じ選挙権が認められた。
  3. 帝国議会は国会議員が存在しないまま開かれた。
  4. 衆議院は江戸時代から大名が世襲で構成した会議だった。
正解と解説

正解:1.選挙と議会は設けられたが、当初の選挙権は性別・年齢・納税額で制限された。

大日本帝国憲法は1889年に発布され、1890年に第一回帝国議会が開かれた。当初の衆議院選挙権には厳しい制限があり、制度の成立と参加範囲は分けて考える。

問28:この調査の次の手順として最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

生徒:近代の製糸業・紡績業の発展と、そこで働いた女性の暮らしを調べたい。工場の生産額や経営者の記録は集められた。

  1. 製品輸出額だけで、労働者全員の生活が豊かだったと断定する。
  2. 工場主の説明には必ず偏りがないので、他の資料は使わない。
  3. 女性が働いた工場は存在しなかったと初めから結論付ける。
  4. 工場の記録だけでなく、労働者の手紙や契約・賃金の記録も照合する。
正解と解説

正解:4.工場の記録だけでなく、労働者の手紙や契約・賃金の記録も照合する。

近代の製糸業・紡績業では女性労働者が重要な役割を担った。生産額や経営者側の記録だけでは、労働条件や生活の実態を十分に把握できない。

問29:この出来事の背景と影響として正しいものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

1918年、富山県などで米価の高騰に抗議する動きが起こり、各地へ広がった。
問い:生活の変化と政治の動きをどう結び付けられるか。

  1. 米価が下落し続けたため、農家が全国一斉に議会を閉鎖した。
  2. 米騒動の直後、日本で初めて奈良に都が置かれた。
  3. この出来事で原敬内閣が倒れ、初めて江戸幕府が成立した。
  4. 米価の高騰が生活を圧迫し、寺内内閣の退陣につながった。
正解と解説

正解:4.米価の高騰が生活を圧迫し、寺内内閣の退陣につながった。

1918年の米騒動は米価高騰を背景に全国へ広がり、寺内正毅内閣の退陣につながった。その後、原敬内閣が成立した。

問30:年表に基づく説明として適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

1931年:満州事変
1933年:日本が国際連盟脱退を通告
1937年:日中戦争が全面化

  1. 国際連盟は満州事変の後に、日本が初めて設立した組織である。
  2. 日本の連盟脱退通告が、満州事変より前に行われた。
  3. 満州事変をめぐる国際的な対立のなかで、日本は連盟脱退を通告した。
  4. 日中戦争の全面化は、第一次世界大戦の開戦より前である。
正解と解説

正解:3.満州事変をめぐる国際的な対立のなかで、日本は連盟脱退を通告した。

満州事変は1931年、国際連盟脱退の通告は1933年、日中戦争の全面化は1937年。通告と脱退の発効を同一視せず、国内の軍事行動と国際関係の変化を結び付ける。

問31:資料の理念と関係の深い制度の組合せとして適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

日本国憲法は主権が国民にあることを示し、天皇を日本国と日本国民統合の象徴とする。国会は国民を代表する選挙された議員で構成される。

  1. 天皇の主権と、藩の世襲による国会の構成
  2. 国民主権と、国民の選挙による国会の構成
  3. 国民主権と、衆議院議員全員の世襲
  4. 幕藩体制と、将軍によるすべての国会議員の任命
正解と解説

正解:2.国民主権と、国民の選挙による国会の構成

日本国憲法は1946年に公布、1947年に施行され、国民主権を原則とする。日本国憲法の理念と、選挙・国会などの制度との関係を考える。

問32:政策の内容と目的の組合せとして最も適切なものを選べ。

資料・調査メモ(編集部作成の授業用要約)

生徒:戦後改革で農地の所有関係が大きく変わったことを知った。どのような方法で、誰の土地所有を増やそうとしたのだろう。

  1. 地主の土地を政府が買い上げて小作人へ売り渡す/自作農を増やす
  2. 地主の土地所有を無制限に拡大する/小作人を増やす
  3. 全農地を工場へ転換する/米作を全国で廃止する
  4. 土地の売買を古代の班田収授法へ戻す/口分田を復活させる
正解と解説

正解:1.地主の土地を政府が買い上げて小作人へ売り渡す/自作農を増やす

戦後の農地改革では地主の農地の多くを政府が買収し、小作人に売り渡した。自作農の増加と地主制の解体につながった。改革の仕組みと結果を対応させて考える。